2017.09.19  秋色
 台風が去り、残暑の夏空も秋色に染まりだしました。
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 いつもの散歩道のグリーンにも秋が・・・
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 今年は当たり年でしょうか?  ポコポコと咲いてます。

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 そして、秋と云えば。 炊き込みご飯です。
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 アサリに栗(剥き甘栗を入れただけ)・・・ 明日はサンマ?



2017.09.18  雨の中
 大宮八幡の秋の大祭です。 ですが、あいにくの雨。
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 初宮や七五三参りでしょうか?
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 毎年、雅楽奉納が舞殿で行われるのだがラッキーにも本殿奉納。
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 エ? 「落蹲(らくそん)」のいち演目だけですか?

 時折の通り雨は台風の影響でしょうか?
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 ナニヤラきな臭い解散風がー  大義なき戦いに庶民は翻弄・・・



2017.09.17  祭り前
 大宮八幡の珍しい重陽の節句飾りである“菊の被綿”です。
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 夜露に濡れた菊の香りを真綿に閉じ込め、次朝に顔にのせます。
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 菊の不老不寿に若返りと若さ保持を願う優雅な人々の行事です。
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 紅いサルスベリと櫻(十月桜)の供宴です。
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 境内の山門前に大きな楠がそびえておりましたがー、
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 数年前から養生中だったのだが、バッサリと・・・

 切り倒される前の写真をさがしたのだが。
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    (2015・9・15)       (2017・1・5)
 ご近所散歩で出かけているのだが、以外にも撮ってないもんですね。



2017.09.09  新海三社
 「海」を紐解くに、新海三社神社へゴーです。
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 新海三社神社の創祀年代は不詳。
 興波岐命を主神として東本社に祀り、その父神・建御名方命を中本社に、伯父神・事代主命を西本社に祀る。 このように、当社には3つの神殿があり、よって新海三社神社と呼ばれている。
 興波岐命は佐久地方開拓の祖神。延文年間の『諏訪大明神画詞』には「新開(にいさく)」の神と記され、大県の神とも称した。
 この「開(さく)」が、佐久の地名となり。「新開(にいさく)」から、新海という社号になったようだ。
 また、鎮座地の田口は、佐久地方で初めて田が開かれた場所とも。 記載が残っております。

 神社なのに奥には仏式三重の塔が・・・
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 この三重塔は、もともと新海神社の別当で神社東にあった神宮寺の塔だったようですが、明治の神仏分離で神宮寺は川原宿に移転させられ、三重塔は宝庫という名目で現在の場所に残されたようです。

 神と仏が仲良く暮らす日本ってステキですね。
 語り受け継ぐ伝統の力は平和こそ繁栄の証がそこにありました。



 信州の鎌倉と呼ばれる塩田平・別所温泉はなーんも無いゾ。

 まずは、北向観音(天台宗常楽寺が本坊)です。
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 長野市善光寺と向かい合うように本堂が北を向いている事から北向観音と呼ばれるようになりました。 善光寺が来世の利益、北向観音が現世の利益をもたらすということで一所懸命にお参りして来ました。

 観音さんから歩10分、国宝の八角三重塔があるという安楽寺です。
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 本堂のお参りもそこそこに108段の階段を登ります。
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 四重ではないか? イエイエ、オノレの無知をさらしたが、裳階を付けた八角三重の塔です。1290年代に建築されたものと考えられ、1320年建築の功山寺仏殿を凌ぐ日本最古の禅宗様建築である可能性があるそうな。
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 境内禁煙といいながらも本堂軒下には灰皿が・・・
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上田市の西南に広がる塩田平一帯は、鎌倉幕府の重職であった北条義政からその孫まで、三代に渡り約六十年、塩田北条氏が信濃の一大勢力としてこの地方を統治したことから「信州の鎌倉」と呼ばれており、鎌倉時代から室町時代にかけて造られた神社仏閣など、数多くの文化財が残っています。そのため、塩田平は、美しい日本の歴史的風土準100選に選定されています。

 何にも無い。と書きながらも、歩いて調べて見て来れば、いろんな出会いや発見があります。

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 ブラリ旅はイイゾー  心を無にして解放感をあじわってきました。



2017.08.08  七夕
 JR中央本線は、東京都千代田区の東京駅から新宿区の新宿駅、長野県塩尻市の塩尻駅を経由して愛知県名古屋市中村区の名古屋駅まで、駅数112駅・路線距離 396.9 kmの鉄道路線(幹線)である。
 新宿・高尾のあいだの高円寺と荻窪に挟まれた阿佐ヶ谷です。

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 月遅れである陽暦8月7日を中日として七夕が開かれてます。
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 戦後の復興と集客のために、昭和29年から開催されております。
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 ごらんのような手作り張りぼてが多数飾られてます。
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 商店街のオヤジさんや小学生が春先に「今年は何を造ろうか」などと微笑ましい相談が聞こえてきそうな結果がブラ下がってました。
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 あいにくの曇り空で天の川は見えませんでした。
 もっともここはアーケード街であり、空は見えません。
 会場であるパールセンターには、当初アーケードはなかった。 しかし、雨を防げないと飾り付けの和紙の染色が雨で落ち来客の服を汚すおそれがあったため、アーケードが昭和37年に完成した。 そうな。

              そんな商店街を散歩してきました。



 
2017.08.07  立秋
 カラ梅雨だった東京地方の梅雨明けから曇り空の日が続いてます。
 局地的爆雨で被害を受ける地区も各地から届いてます。
 横浜・藤沢・厚木など神奈川からも被害が多数ありました。

九州地方には台風が暴れてますが関東は久々の青空が広がってました。

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 今日は二十四節気の「立秋」です。

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   久々に見た先月31日のお月様です。 まだ半月でした。

   昨日夜7時、いつもの屋上から東方向の月は満月でした。

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2017.08.02  龍子記念館
 大田区の川端龍子(1885年から1966年)記念館で-す。
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   昭和35年(75歳) 244㎝×728㎝  『霹靂(はばたく)』

 大きな美術館ではありません。 ですが、会場芸術そのものです。
 今回の目玉は『逆説・生々流転』。 28mの絵巻物です。
 南洋の豊かな海に産まれた台風が、北上して日本を襲い荒れ狂い、甚大な被害をもたらす。しかし人々はそれを克服すべく復旧に立ち上がる。この情景を自然への畏怖・畏敬の念を持って、一氣呵成に描き、絵の終わりに「虹」を加えて筆を置いた。この虹に何故か、ホットしました。

 逆説?ってナンダ。 で調べました。
 『逆説・生々流転』の本歌は、横山大観の『生々流転』(長さ40メートル、1923年制作、東京国立近代美術館所蔵)。大観は「天から落ちる一滴の水が大河となってまた帰る」自然界の循環を表現した。これとは逆に、龍子は昭和33年(1958)9月22日、伊豆半島を襲った狩野川台風の爪痕に想を得て描いた。 そうなー

 オイラのお気に入りの『渦潮』も所蔵していることが判りました。
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 横幅725㎝なら迫力大ですが、部分アップで“龍”が確認できます。
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 65歳以上無料っていうのはありがたいが、チト遠いのが難ですが、次回も来て観たい美術館でした。



 年越しそば・年明けウドンや七草粥、恵方巻に菓子を食べ厄除けと招福を願う嘉祥の宴、などなど季節に合わせた風習が日本には伝わります。
 まぁ、商売先行の匂いがプンプンながらもしっかり乗ります。

 「土用の丑の日は鰻を食べよう」のキャッチコピーを考えた平賀源内さんは胡散臭い奇抜な起業家だったようです。
 安永8年(1779年)。 大名屋敷の修理を請け負った際に、酔っていたために修理計画書を盗まれたと勘違いして大工の棟梁2人を殺傷したため、11月21日に投獄され、12月18日に獄死。享年52。

 友人として源内の葬儀を執り行った杉田玄白は、故人の過日を偲んで源内の墓の隣に彼を称える碑を建てました。
 平賀源内 碑銘(杉田玄白 撰文)
 「嗟非常人、好非常事、行是非常、何死非常 」   (大意)ああ、何と変わった人よ、好みも行いも常識を超えていた。どうして死に様まで非常だったのか

 まぁ、何はともあれ。オイラはスーパーにて購入したウナギで、はみ出し鰻丼を美味しくいただきました。

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 次回は腹開きで焼きだけの関西風ウナギも食べてみたいなー



2017.07.15  味彩
 春菊は売り切れでした。 デモ、ない無いナイのだ。
 買ったつもりの白菜が無いんです。 買い忘れか?
 痴呆ボケが進行しております。

 暑い日が続く晩御飯は、冷房の効いた部屋でスキヤキです。
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 次の日はウドンにのせて・・・・・  孤食を味彩しております。


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