2017.09.20  墓参り
 実家・柏崎は遠いです。 ですので、ネットで墓参り。
 と言っても、寺や墓も知らない先輩の停止したブログ訪問です。

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 偶然にも両人ともgooブログだったのですが片方は今までのバックナンバー記事が消えコメントも残せません。 片や休止中のままでした。
 同じ運営会社のハズなのにこの違いは何なのでしょうか?

 まぁ、どうでもいいことから書き出しましたが、「ボクの富士山日記/焼酎学生」には生前お世話になりました。
 2年前の春、須弥山撮影に旅立ちましたが思い出多い出会いでした。

 特に、「2013.12.17館林へ鉄旅ドライブ散歩」の幅広ウドンです。

 藤沢・小出川の彼岸花でも見に行って来ましょうか・・・・・



2017.09.16  夢の浮橋
 FRPで作られた大分臼杵マガイ仏に出迎えられたここは?
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 千葉県佐倉市の広い佐倉城跡に建つ国立歴史民俗博物館です。

 「URUSHIふしぎ物語-人と漆の12000年史-」が開かれているとのことで、行って見たのだが・・・  終了してました。

 仕方なく常設展示をブラブラと・・・
  第1展示室  原始・古代 (閉鎖中)。
  第2展示室  中世 (平安時代-安土桃山時代)
  第3展示室  近世 (江戸時代)
  第4展示室  民俗 (列島の民俗文化)
  第5展示室  近代 (明治時代-昭和初期)
  第6展示室  現代 (「戦争-高度経済成長」)

 とにかく広いです。 写真撮影可ということで・・・
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 90分では見終わらない展示の数々。
 写真の説明も付けずランダムにアップしてみました。

 「夢の浮橋」にみる百姓一揆の作法には笑ってしまいましたが、「夢の浮橋」なる命名霊石があるのをご存知ですか?
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 中国江蘇省江寧山の霊石で、後醍醐天皇が笠置・吉野に遷幸(せんこう)した折にも常に懐中していたと伝えられている国宝級の銘石です。

 次回、2017年10月11日(水)~ 12月10日(日)は『「1968年」-無数の問いの噴出の時代-』だそうだ。
 大学闘争、三里塚、べ平連・・・1960年代を語る資料を約500点展示。 約50年後の今、「1968年」の多様な社会運動の意味を改めて問う。
 ・・・行って見たいが、距離・時間とも遠いナー


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2017.09.12  廃止?
 チョイ気になるFBの書き込みの写真展に行って来ました。
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 (左) 入口の案内看板の下に、転倒防止の重りが鉄道レール。
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 (右) 八畳間?スペースに100枚弱。 (許可をもらって撮影)

 入口の切断レールはギャラリーオーナーの趣味持ち物ですか?
 ・・・イエ、知り合いが差し入れにとプレゼントされたものでー
 峠が廃止? 鉄道路線が廃止になっただけでは?
 ・・・仲間内でも議論が出たのですが、鉄路廃止20年の節目で盛り上がっていたものでー 無いほうがインパクトあるのでは?

 相変わらず、各自の力作等の本質や評論もなく、枝葉が気になりました。偶然にも先日碓氷峠の鉄道村へ行っており、楽しく見てきました。



2017.09.05  orz
 上田から迎えの車で小一時間。 高原の一軒宿。
 満天の星空を期待して予約したのだが生憎の曇り空。
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 信州牛のしゃぶしゃぶ会席をいただき早々就寝。 朝起きてー
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 霧モヤの高原は喧騒東京とは別世界でした。
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 四阿山(あずまやま・標高2,354m)は見れなかったが頂上奥宮造営のために砂里一袋を持って登ろうの呼び掛けには感心しました。
 健脚ならオイラも登ってみたかった。 なので、ネット登山します。

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 G3ふたり、ドライバーと世間話をしながら送ってもらいました。


 Wikipediaより。  「orz」とは、頭を垂れる(頽れる)姿をアルファベットで表した日本発祥のアスキーアートである。失望、落胆や絶望の表現。「がっくり」の意。「o」が頭・「r」が腕と体・「z」が跪いた腰から下の脚を表す。  そうな。



2017.08.22  激痛
 丑三つ時の深夜。 突然の電流瞬光が奔る。
 全身の筋肉が硬直痙攣を起こす。
 呼吸の一息が神経を逆なでして筋肉を刺激する。
 動くに動けず、動かそうにも動かず。
 激痛静震のまま耐えるしかない数分。
 どうしたら?どうする!どうしようー
 微動を試みるがその都度激しい痛みが走る。
 額に汗がジワリにじみ出る。 冷静さが深刻になる。

 オノレと向き合い、60分も戦っていたであろうか?
 なんとか動けるようになり、立ち上がる。

 深海100mからの素潜り潜水からの帰還後の「I’m OK」丸サインを出そうともそこに笑顔は無い。

 ぬるい風呂に浸かり、筋肉をほぐすが「さてー」

 空が明るくなり始めました。 夜が明けたら・・・・・



2017.08.21  無題
 ブログネタが思いつきません。
 そんな時は過去の書き込みからの転写です。


   『たくさんの羽』   BY 遊児

 むかし・むかし、おばぁさんが田舎に住んでいました。
 ある日、散歩の途中で白い鳥の羽を拾いました。
 おばぁさんはその羽を見てひらめきました。
 「ワイにも羽があったら大空を舞うことができるのではないか?」
 おばぁあんは絹の糸でたくさんの羽を織りました。
 その羽を身に纏い(まとい)2mの崖から飛び立ちました。
 でも、羽が少なかったのか? 体重が重かったのか? 失敗してしまいました。
 それでも諦めないおばぁさんは再度の機織りにチャレンジしました。
 今度は野を巡り山に入り、「クモの糸」を大量に集めました。
 そして、完成したクモの糸のキラキラを全身に付けました。
 助走が足りなかった反省を踏まえ、家の屋根まで登り「さぁ旅立ち」
 見事におばぁさんは天国へ舞い上がりました。  とさ・・・

 思い付きですがいかが? 解釈によっては残酷シュールですが、「クモの糸」を“蜘蛛”でなく“雲”とすればあながち無理なく空を舞うことができるのでは?と思いますが・・・



2017.08.18  戦後
 戦後72年、55回目の戦没者追悼式が粛々と行われました。
 
 昭和31年、「もはや戦後ではない」という言葉が使われました。
 平成7年、戦後50年村山内閣総理大臣談話が発表されました。
  (くしくも、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生)
 平成18年、「戦後レジームからの脱却」を公約に掲げた安倍晋三が、自由民主党総裁及び第90代内閣総理大臣に就任(初の戦後生まれの総理大臣となる)。
 100年後の2045年にはどんな式典が開かれるのであろうか…

 先の大戦とは応仁の乱を指す京都において、「退位後は京都住まいに戻られたらいかがでしょう」と要望書を出すグループがおります。
 確かに遷都宣言を出してない皇室において明治天皇以後は日本の首都・東京は仮住まいなのです。 その一方、天皇が住む宮すなわち皇居がある地が皇室の中心との見解もあります。

 まぁ、現実味はないだろうが平成天皇陛下のお健やかな姿を一日も長くと願うことは国民の総意ではないでしょうか・・・



 
2017.08.17  幸せ?
 「アナタは幸せですか?」 とインタビューを受けたら、8割の人が「幸せです」と答えるのではないでしょうか。
 さらに、「今の生活に満足してますか?」 と聞かれたら・・・
 たぶん、6割の人が「まぁ、満足です」 と答えるのではないか。
 半数の5割を切ることは無いと思うのですがどうでしょう。

 現状に不安と不満を抱えているならば、改善・解決に努力すればいいのですが「世間の壁」という個人では打破できない問題にぶち当たることもシバシバです。
 決してテロ行為に奔らず、そんな時は最後の手段が「神頼み」です。

   「カライ」と「ツライ」の双子が幸せ探しの旅に出ました。

 夢・希望の願い事を口から10回言うと『叶う』らしいです。
 しかし、11回だと『吐く』となり、反吐や嘔吐など、あまり良くない事例に使われますので注意しまょうね。 「吐いた唾は飲めぬ」ようにオイラも慎みましょうか・・・・・



2017.08.15  感謝
 八月十五日は玉音放送が流れた「終戦記念日」です。
 この「終戦」に違和感を感じます。
 「終戦」には違いないが大日本帝国の「敗戦日」なのです。

 新生・民主国家「日本」誕生であり、出発の日です。


 数年前にオイラブログに書いてアップしました。
 その記事にこんなコメントが寄せられました。

 「敗戦」という言葉には、負けて悔しいとか雪辱、奪還などというイメージが伴います。
 とにかくもう二度と戦争は起きない、繰り返さないという意味で「終戦」という言葉の方が適しているとボクは考えます。

 「終戦」OR「敗戦」  いづれにしても、黙祷して静かに穏やかな日を迎えられたことに「感謝」です。



2017.08.14  前日
 テレビニュースで拝見する限り、 天皇・皇后両陛下がご一緒に何かの式典に出席され、用意されたお席に着く際は。

 皇后陛下は、天皇陛下が先にきちんとイスに腰を下ろされるまで、ご自分はゆっくりと動作され、天皇陛下より先に皇后陛下が着席なさるようなことは、決してありません。
 それが、天皇陛下に対する尊敬の気持ちを表す礼儀の基本中の基本だからだろうこと思うのです。

  ところが ――。

  昨年の8月15日正午、政府主催による 「戦没者追悼式」 が、天皇・皇后両陛下を迎えて行われました。
  両陛下を含む参列者全員が起立しての国歌斉唱の後、進行役から「ご着席願います」 の声で、全員がイスに腰を下ろし始めた、その時です。
  ご高齢のため最近、動作が少し緩慢になられている天皇陛下がきちんと着席されるまで少し時間が掛かっている様子を、お隣りの皇后陛下が、いつものように、中腰になり、いたわるような気配で見守っているまだそのさ中、テレビに映る参列者のほぼ8~9割がもう、両陛下より前に、イスに腰掛けているではありませんか。

 それが、
 国の象徴たる天皇・皇后両陛下をお迎えした時の国民の態度ですか?
 しかも、
  「ご着席願います」(←の進行役アナウンサーの配慮の無さにも問題があるのだが) の声を聞くと同時に、天皇・皇后両陛下の動作に目も気も配ることなくさっさと腰掛けてしまった一番手のグループが、の参列者の最前列中央部に写っています。
 そう、「おわび」の言葉だけの内閣総理大臣・安倍晋三君です。

  安倍さん、両陛下の動作に目と気を配り、両陛下がきちんと着席し終わるのを、首相であるあなたが最前列で立って待っていれば、それに気付いたほかの参列者の誰もが、両陛下より先に腰掛けるなどという無礼を犯さなかったはずです。

 そういう、宰相である以前に大人としての基本的配慮もできないようなあなたに、国家経営を任せてよいかという不安を国民が持つのは当然過ぎるほど当然なことだとは思いませんか?

 さて、今年のテレビ中継では安倍君の態度行動はどのように映るのでしょうか?  楽しみですね。