昨日も今日も「朝帰り」 小雨に濡れての朝帰り。
 実はデジカメも携帯カメラも故障中。雨景を撮影できません。残念。
 と云うことででもう寝ますwa

 
 西暦1940年の昭和15年は皇紀2600年に零式艦上戦闘機が空を舞った。 いわゆるゼロ戦の雄姿に国民は舞い上がっておりました。

『暁に祈る』詞:野村俊夫 / 曲:古関裕而.

 その一方、「私は真っ赤なりんごです」の歌い出しで始まる 『りんごのひとりごと』が生まれたのもこの年です。 戦後のひばりの『りんご追分』は有名ながらオイラは揚水の「 窓の外ではリンゴ売り 声をからしてリンゴ売り 」の『氷の世界』 

  最近では中村中の『リンゴ売り』

    私を買って下さい 一晩買って下さい
    つまづくだけじゃ 血も流れない 涙すら流れない
    私を抱いて下さい 一晩抱いて下さい
    さみしいだけじゃ 夢も見れない 愛は在りませんか

 衝撃的一節ではないか。 時代が時代なら放送禁止歌・発売禁止歌。 しかし・・・ 時代と云うのであろうか・・・


 そして、所得倍増の掛声と共に青春を謳歌する。
 帯帽式に「奉仕と献身」を誓い憧れの看護婦になり、恋人も出来た。

『いつでも夢を』 橋幸夫と 吉永小百合


 結婚。1968年に待望の男の子を出産。





『グッド・ナイト・ベイビー』
    ザ・キング・トーンズ


 必要とする現場・求める患者が居る限りと女はガンバった。ときに家庭も顧みないで。
 『川の流れのように』『人生いろいろ』『上を向いて歩こう』
 夫の浮気問題やグレかかった息子を抱えながらも「生と死の挟間の断層」をくぐりぬけ、女は懸命に働い続けた。
 『歌い継がれてゆく歌のように』『春咲小紅』『涙をふいて』
 いつしか女は「ビックママ」と呼ばれるようになり、伝説が生まれようとしていた。 そして、最後の仕事は「癌告知」の現場の立ち合いであった。うなだれる患者に
 「ゆっくり、ゆっくりでいいんだよ。振り返る時間はたっぷりあるんですからね」

『 昴-すばる-』  谷村 新司


 「やっぱり、後半年だって。俺、ゆっくり、歩いてみたいんだ」
 なら、バンド休止しょうか。俺だち走りすぎたもんなー 30年みんなで駆けてきたじゃないか。お前の居ない俺達は考えられないもんなー  たとえ残り時間は少なくとも、「お前は完結の時を。おれたちは残されたこれから」を見つめようではないか・・・

『花咲く旅路』 原由子

 ビックママの一言が世間を驚かせる事件の背景にあったことを知る人は誰もいない。 これからも野に咲く名も知らぬ一輪の草木のごとき存在であってほしい。




 朝7時から夕方4時までしっかりお仕事。
 街歩きの好きなオイラはフラフラなれどブラブラと。
 自家焙煎の珈琲屋発見。迷わず入ってしまった。新規開拓の店では必ず聞くことがある。「ブレンドベースの豆は? 配合割合は?」 多くの店がそうであるようにここでも教えてもらえなかった。で、いつも思う事は「どうして、教えられないのかなー  たかが珈琲。焼き方や選別豆で同じ味が出せるものではないのでは・・・」 「さぁ、これが俺流だ」と何でもオープンにできる自信を持った発言をするコダワリの店に出合いたいものである。 
 巷でブームのラーメンスープしかり。秘密です。と答える店主の言動に疑問を持つオイラなり。 隠すほどの秘密かぁー 隠さねばならない裏事情でもあるかいな?
 オイラは言わないことがあっても敢えて隠さぬことのない人生を歩みたいものであると日ごろから心掛けているが・・・

 ささいなことから人生をのたもうオイラ。 これじゃー 老後が心配daa ボヤキとグチの挟間に揺れるオイラnarii

 
2008.05.28  無題
  我に安息の日が訪れるのであろうか

     

 チト、疲れておりますwa 書き込み終わり。

 オイラは美術館廻りが好きだ。(と云っても年2・3だが・・) これも東京ならではですが。百・二百を下らないと思う。国博の「薬師寺展」を見に行きたいが人ごみを思うと二の足を踏む。昨年か?「北斎」に行った時のイモ洗いにヘキヘキ。有名展にはもう行かないゾと思った。 小さな一点もの展が静かで空想が膨らむのである。

 古今東西の美術や博物コレクションの宝庫・東京。そんな東京の芸術文化がお得に楽しめる「東京・ミュージアムぐるっとパス2008」が4月1日に発売開始された。美術館や博物館など、都内61施設の入場券または割引券が1枚ずつ綴られ2000円、2ヵ月間有効のチケットブック付きで、約7割は“無料„入場券。動物園や水族園も“タダ„で入ることができる。内外の有名絵画から、彫刻・陶磁器・江戸文化・・・ 休日や仕事帰り、「ぐるっとパス」で東京の文化を満喫しよう。



 61施設・約31900円が2000円で楽しめるなら安い。しかし、有効期限2ヶ月とは毎日が施設巡りだなんて無理無理。交通費だけで破産してしまうではないか。 お得だが・・・

 川口の河鍋曙斎も見に行ってないし大田区の川端龍子記念館も行きたいし・・・  と、思いつつ行動が伴わない日々に反省。 でも、自分に言い訳。今夜も夜勤のバイトが・・・ ガンバって逝って来ます。
 

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「ちゃんちゃこ」復活ライブ 作詞作曲みなみらんぼう「空飛ぶ鯨」
     

 バイトとブログにうつつを抜かしていたらオイラの大好きな鯨肉が大問題。社会を揺れ動かしていた。(ソンナ大袈裟ではないが・・・それだけ些細な事ナノダ)
 5億円の税金と天下り法人が管理する「調査捕鯨」で片目をつぶっていた慣例的現場での鯨肉の横流し?持ち帰りが発覚した。 監督官庁の役人から現場の船会社・船員まで、2転3転の苦しい言い訳と責任のなすり合い。「どこにも有りそうな、やっぱりね」の起こるべき問題が表面化しました。

 にしても、グリーンピースよ。どのようにして入手したのであろうか
 日本においては違法な入手には警察は本来動かないはず。 違法盗聴やおとり捜査での犯罪摘発は認められてないのである。違法著作物に法律に守られた著作権が存在しないのと同じである。 しかし、世間への話題提供・問題提起のアピール効果は絶大でした。
 
 にしても、前例にしたがってのコトナカレ主義が横行する役所体質はなんとかならないであろうか? 似たようなことが所内にゴロゴロながら、誰も言えない・何もしない変えないは「やっぱり、自覚なき大人の責任」です。

 にしても、その後の2報3報がないのは水面下の戦い・責任のなすり合いで火花を飛ばしている事でしょう。はやく大爆発が見てみたい。期待してます。

 にしても、その昔。毎日新聞記者の西山事件のように本質を争わず個人の問題とすり替えられぬように見守りたい。願う・祈るのみである。


  「空飛ぶクジラ」は次々と撃ち落とされちゃった。ってさ。
 でも、オイラは鯨肉をおいしく頂きたい。



 DJといえばターンティブル。 ダイレクトドライブを開発したパナソニックが進化している。 ヒストリーはクリックを。
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 デジタルの時代に真空管はメーカーで音が変わる、とか。スピーカーケーブルを変えました、とか。 あげくに糸ドライブのプーリーを削り出した奇特なマニアが群馬におりました。 200kgオーバーのオバケSP「パラゴン」を置くために家まで建て替えたそうな・・・ 後藤ユニットのスピーカーを導入したらいかが?

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 オーディオメーカーは売れなくて大変です。 町田市に本社を構えるオーディオテクニカはなんと寿司ロボットを造っていました。一家に1台いかがですか?
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 時代は移り変わります。オイラの好きなジャニス・ジョプリンもベンツがほしいと「サザン・コンフォート」片手に遠い昔に死んじゃいました。
        




 みんな元気かーい。働くおとーさんにのこいのこがオープニング。

  はたらくくるま 

 大阪のクマちゃん はやく病気を治してまたあそぼうね。
森の熊さん (アメリカ民謡)

 クマちゃんおとーさんと手をつなぎどこへ行って来たの?  「きんかくし」 え?えぇぇー 「ピカピカのお寺さん見てきたょ」
 名古屋からやってきたゆーくん。 uwanosoraで遠くを観てないでみんなで歌いましょう。

Carp Song (こいのぼりのうた)

 クレオンハウスの落合恵子は昔「レモンちゃん」を名乗りDJをやっていた。彼女に朗読してもらいましょうかー



     『天駆ける兎』       
                  (ひらがなの)あいだみつお


 物心ついた時からこの大地が俺のすべてだった。数十歩走ると柵があり、金網に囲まれたこの空間が少年期だった。
 ある目突然、足に怪我を負ったかわいい仲間が連れ込まれて来た。聞けばワナにはまり丸焼きで食べられてしまうところ小さく細かったため、ここに入れられたとの事。あの食料と水を運んで来てくれる少女が「俺達を食べる?」

 それから毎日、アイツは外界のめずらしい世界を話してくれた。同時にこのかこいの中がいかに安全で満ちたりだ空間であることを強調するのであった。 しかし、聞けば聞くほど俺の好奇心と冒険心はふくらみ、「いつか俺は外界を自由に駆けてやる。」

 好きな相手が居ようとも外界の自由を願わなかった日がなかった俺は四隅のささくれた場所を一所懸命に掘り続けた青年期であった。
 そして満月の夜実行。 云えば止められるであろう。語れば涙があふれるであろう。アイツが突然やって来たように俺は今夜居なくなる。消えてしまおう。昨日までの安定した延長より、自由な明日が俺には必要なんだ。

 広い。どこまでも続く大地を毎日走った。ひたすら走った。疲れて立ち止まれば、俺より数百倍小さな虫におどされ、ロにした葉で高熱を発した日もあった。 時として大きな動物や空からの鳥に襲われ、外界におののく日が続いた。
 ジイが言っていた【宿命を背負い運命は切り開かれど天命には逆らえぬ】とは何かを自問する日々に安息はなかった。

 さまよい続けて立ち止まった目の前にあいつが言っていた『紫の華』 もう一度食べてみたいと言い続けていた一輪の花。きっとあの花に違いない。迷わず一ひらロにし、そのエキスが体内に廻った時。何かがはじけた。  「そうだ、この花をアイツにとどけよう。アイツに食べさせたい。行こう。アイツの元へ帰ろう」

 走る。ひたすら走る。がむしやらに走る。一輪の紫の花をロにくわえ走る兎。 愛に導かれ、愛に向って「天駆ける兎」


  その兎は目を閉じると見える人々によって、一羽二羽と喩えられ
 数えられるよう噂話が広がっていった。 そして、その兎は月まで
 も駆けて行ったらしいtousa



 常連のかみふうせんさんにはこんな歌いかが?
はしだのりひことクライマックス




 「深夜放送」と云えばFM東海の「ジェットストリーム」

  (ごゆっくりお聴きくださいna) 

 城達也(1931年12月13日 - 1995年2月25日)
 機長の役に入り込むために、必ず、スーツを着てスタジオの照明を暗くして臨んでいた(航空会社における定期運送用操縦士の制服はダブルのスーツスタイルである。また夜間の操縦席は当然真っ暗)他、機長としてのイメージを壊されないようにテレビ出演は一切しないなど、仕事に対して大変真摯なプロ意識を持っていた。
 城氏が死去した際、タモリが笑っていいともの番組中「テレフォンショッキング」のコーナーの冒頭で「城達也さんが亡くなられました。私は城達也さんに薬の使用上の注意を読み上げてもらったことがあるんですが、聞き入ってしまって言葉にならない感動があった。あれは感動しましたね」と語った。


 オープニング曲にフランク・プゥルセル・グランド・オーケストラの「ミスター・ロンリー」は有名ですがオイラは「急流」のカスケーズサウンド(滝のように高低の流れるリズム)に酔いしびれます。
 oicuさん、お元気ですか 聴いてますか
 「ミスター・ロンリー」は元々1964年に全米チャート1位を獲得したボビー・ヴィントン の代表的な曲であり、今年67を迎え、今だ現役バリバリのライブをこなしています。

 2002ライブと共に 

 リバイバルやカバーは日本だけのブームではありません。 2005年3月にはセネガル系アメリカ人歌手エイコンが「Lonely」 をリリース。

  Akon - Lonely

てなてな「DJもどき」の書き込みでしたwa


 糸居 五郎(1921年1月17日 - 1984年12月28日)は、元ニッポン放送のアナウンサー。日本のDJの元祖、命日の12月28日は「ディスクジョッキーの日」に制定されている。
   

 「受験戦争」「深夜放送」「電波解放区」 懐かしい響きである。
 オイラも「DJもどき」ごっこにチャレンジ。


 「うらやましいゾー信平。 28歳、年の差結婚が生み出す悲喜劇ブログ『オラが春』楽しく読ませていただいてます」yusuke320さん(うnオイラじゃないか?)からのリクエスト「愛燦燦」

  加藤登紀子 & 小椋佳 

 新潟のくまろうさん、神奈川の匿名希望こうさん。 深刻な悩みや想いをお持ちのようで長々とした手紙ありがとうございます。君たちに送る曲は中島みゆき作詞作曲歌うは我らのタクロー。





   明日に向かって
      『ファイト』

      戦う君の唄を
   戦わない奴らが笑う


 名古屋のかみふうせんさん、還暦を過ぎてらっしゃるのですか? オヤスミソング「グット ナイト ベイビー」「ギサギザハートの子守歌」「ひとり寝の子守歌」・・・ でも今夜はセレナーデでお別れです。渡辺はま子でなく渡辺美里バージョンをごゆっくり・・・

   蘇州夜曲  

  テナテナ、今夜もありがとう。 nanodaハハハァー