関東・東京都内版の朝日新聞だけなのであろうが「マスクつき広告」なるものが入っておりました。
  9・29付きですが masuku001.jpg
 商品見本がドーンと1枚ついておりました。 雑誌DIMEの付録のドラえもんソーラー電卓には負けますが広告に現物が貼り付けられておりました。
 紐の無いシールドタイプの新型新商品です。 ヒゲのようなデッパリが気になりますがこの秋冬どれだけの人が利用するのやらマスクの季節が待ちどうしくなりました。

 ついでに朝日新聞の「人脈記/お殿様は今」というコラムを読むのが楽しみだす。


 
 鹿児島生まれで広島にて学生時代を過ごしたタクローは花の都東京で順風に有名人になったのではなかった。 布施明事件やテレビ局へのゴリ押しから嫌われたり、野音コンサートでは「帰れコール」の嵐を浴びせられたこともシバシバ。
 それでもアイドル好きなタクローは石野眞子やキャンデーズに曲を提供していた。 国民的アイドル浅田美代子に手を出し、南沙織へは「シンシア」のラブソングを送った。
   沙織からの返事 

 そんなガキ大将に憧れた桑田少年はオマージュソングを書いた。
   
   カバーするのでなく「吉田拓郎の唄」が生まれたのだった。




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    朝焼けの天空が青空に晴れ渡れば、勤務解放です。
 やってきました周囲5mの目視メディア「下馬伝言板」
 黒板とチョークを用いた文字どうりの手作り書き込み掲示板です。
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 汽車通学していた高校時代、駅にあった伝言板に好きな娘に告白書きを残した懐かしい思い出がよみがえります。
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 「今週のお題」に各自それぞれ勝手に書きこみます。
 ほほえましい極ミニコミに書き込みにやって来ました。
 渋谷からバス15分の世田谷観音の外塀に設置されてます。

 この世田谷観音は吉田茂書の門碑はじめ見所がたくさん。
   928aa033.jpg 右側に 六角堂
  左側に 阿弥陀堂  928aa038.jpg
 「靴を脱いでご自由に」と書かれた本堂観音堂の「聖観世音菩薩」
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  御国に命を捧げた英霊を祀ってありました。
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 歩いて10分で三軒茶屋のキャロットタワー26Fの眺望
928aa055.jpg 魚眼ではわかりづらい?
  望遠で近寄れば 928aa056.jpg
 横浜から富士山・秩父まで無料で見れます。
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 この大空に朱鷺が舞う日は来るのであろうか?  せめて、100羽が皇居・明治神宮・新宿御苑に住みついてくれたら壮観圧巻でしょう。 その朱鷺の放鳥が明日行われます。
 佐渡市新穂正明寺の放鳥用仮設ケージに前回の倍の20羽が何も知らずに飼われている。朱鷺が自然に飛び立つのを待つ「ソフトリリース」方式を採るが天井の網が開かれたらどうとんでいくのだろうか?  このため環境省は、トキがケージ内にとどまったり、戻ってきたりする場合も想定して対応を検討しているらしいが親心を子知らずの例えどうり本州を目指す朱鷺も居るでしょう。

 パリ・モンマルトル駅を模した(チト言い過ぎか)円形屋根を持つ世田谷線に乗り込みました。 
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 5㎞10駅17分の路面電車のミニ旅です。
 若林駅の目の前は環状七号線で車通行優先の踏切では電車が信号待ちします。 ←珍しいと思いませんか? 忙しない都会・東京にもこんなノンビリがあります。
 着いた下高井戸駅には駅構内に踏切がありました。
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  松陰神社・豪徳寺・世田谷城跡などジックリ散歩したいネ。
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 「銀ブラ」パクリに引き続き、またまた、無断転用の勝手に他人様ブログUPです。

 9・26付「裏話博物館」の館長ゆうすけ954氏のブログです。

 ウクライナの名門サッカークラブチーム、ディナモ・キエフの裏話を御存じでしょうか。
 ナチス政権下のドイツで、ウクライナのディナモ・キエフはドイツ代表チームとサッカーの試合をすることになりました。
 ウクライナの選手たちは、ナチス政権からもしもドイツ代表に勝ったりしたら、命はないと思えと脅されていました。つまり負け試合を強制されたのです。
選手たちは、生き残るためには、わざと負けるしかない、とあきらめ飢えと寒さと恐怖でぼろぼろになって、その試合が始まりました。
 しかし、ディナモ・キナフはドイツ代表に勝ってしまいました。彼らはプロサッカー選手としてのプライドを捨てることができませんでした。また、サッカーはウクライナの人々の生きる希望でした。
試合後ディナモ・キエフの選手たちは、ユニフォームのまますぐに銃殺されましたが、選手たちは、いまでもウクライナの人々の誇りとなっているそうです。

 
 同じ「ゆうすけ」つながり、オイラはサッカー好き。 ということで無断転用をお許しを。 このブログを読んだあと、オイラは勝手に下記コメントのラクガキを書いてきました。

 81年製作の『勝利への脱出』と云う映画をご存じか?
 1943年。第2次大戦下のドイツ南方ゲンズドルフ収容所。そこでは、捕虜になった連合軍兵士たちが、鉄条網の中で、ボール・ゲームに暮れる絶望的な日々を送っていた。そこへ占領下のパリで行なわれることになったドイツ・ナショナル・チームと連合軍捕虜選抜軍のサッカー・ゲームとそれを利用して脱走を試みる連合軍のならず者たちの姿を描く。
 監督はショーンコネリーとキャンデスバーゲンの出る『風とライオン』にも出ていたジョン・ヒューストン。  こちらの映画は1904年のモロッコを舞台に、原住民族リフ族とアメリカの国際紛争を描く。ちなみに監督はジョン・ミリアス 。 ジョン・ミリアス と云えば・・・
 と、数珠つなぎに歴史は動く。



   
   suburban feat.shing02 「栞」はラッパーグループかい?

 ビーフステーキとは牛のカタマリ肉を網で焼き、余分な脂を炙りだした食べもの。と解釈している。スライスした肉ではヤキニクなのだ。 しかし、A5ランクの高級肉はその脂も少なく、熱い鉄パンでサッと焙り、香り付けのワインやブランディーでファイヤーしてな提供する店もある。
 なれど、関東圏の貧乏人には豚肉文化。ポークチャップなるステーキや臭みを和らげるべき生姜を用いたポークジンジャーや生姜焼きが親しまれたます。

 いつもの通勤地・渋谷は今日も人で溢れております。
 思い出したように食べたくなる「トンテキ」屋に行って来ました。
             (↑最近このフレーズにハマっています) 
  食後のワンショット 927aa001.jpg
 先日のデカ盛りに懲りたオイラは200gで充分でした。


 ワーイ、ワィ。
 「オイラのブログへのアクセス来訪者が50人を超えたゾー」
 と、自画自賛のお祝いUPです。
 と云っても「火天の城」「カムイ外伝」「BALLAD 名もなき恋のうた」の検索で引っかかった単なる通行人なのでしょう。 果たして何人がファンとしてお気に入りにクリックしてくれるのであろうか・・・

 どなたか、オイラにアクセクいえアクセキいえいえアクセス解析の設定方法を教えて下されー


 「火天の城」に次いで、今週は映画づいております。

 チョット期待していた崔洋一監督「カムイ外伝」です。
 70年全共闘世代には懐かしい抜忍・カムイの果てしない旅を描く白土三平の漫画の実写版です。
 感想?
 「オマエの中にカムイが居る。お前の存在がカムイなのである」
 と、白土ワールドを2時間で描くには物足りなかった。


          

 もう1本は「BALLAD 名もなき恋のうた」
 娯楽の壷を押さえた物量キャンペーン映画でした。
 原作が『クレヨン しんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』で作者の臼井儀人さんの事故死は痛ましい。
 感想?  おもしろかった。の一言。


 マカオでは映画が500円で見れるそうだが日本では1800円。 シニアのオイラは1000円なれど、『高ケー』  だが、安くしたから客が集まるものではないが手軽に劇場に行ける意識と楽しむ文化はもう無いのだろうか?
 シネコンや宣伝に頼らぬ・頼れぬ単館上映や独立系を応援したいがママならぬ現状ともどかしさに流されています。 もっと、足を運びたい、運ばねば。 と、書いておこう。


 チト、到着時間が早かったので銀座をブラブラ。 
 いわゆる、『銀ブラ』してみた。

 オイラの友人宅で開かれる鍋パーティーでサブカル系エロライターの下関マグロ氏に何度かあったことがある。 エロからの脱却(仕事が激減しているらしい)なのか本名で都市遊歩なるコラムを書いていたので全文パクってしまいました。


  「銀ブラ」の語源を探りにカフェーパウリスタへ行ってみた。
 ネットをあれこれ検索していると、銀ブラの語源についての記述があった。「銀ブラ」というと、銀座をブラブラすることだと思っていたのだが、その語源は「銀座でブラジルコーヒーを飲む」ということらしい。大正時代、慶応の学生が言い始めたそうだ。本当か? さらに調べを進めると、その語源となったブラジルコーヒーを出す店が現在も銀座にあるのだそうだ。これは行ってみなければ、というわけで真偽のほどを確かめに銀座に向かった。

  カフェーパウリスタへ行ってみた。
 「銀ブラ」の語源となったカフェパウリスタは銀座八丁目、中央通り沿いにあった。さっそく、店長の谷沢さんに話をうかがう。谷沢さんは昭和47年生まれの男性である。当然ながら、当時の状況を知っているわけではない。そこで一冊の本を取り出し見せてくれた。『日本で最初の喫茶店「ブラジル移民の父」がはじめた―カフエーパウリスタ物語』(文園社)、著者はカフェーパウリスタの先代社長である長谷川泰三氏である。この本をパラパラめくって見せる谷沢店長。そこには、

   「銀ブラ」の語源は銀座でブラジル珈琲!?

 という見出しがあった。その章を読んでみると画家の水島爾保布(みずしまにおう)が書いた『新東京繁昌記』、評論家の安藤更生が書いた『銀座細見』から「銀ブラ」という言葉が大正時代、慶応の学生によって生み出されたいう記述があることを紹介している。さらに作家の小島政二郎が書いた『甘肌』より、その造語が小島の同級生である成毛五十六という人物によって命名されたとあるそうだ。なるほど、これだけの文献資料があるなら、納得せざるを得ない。

 カフェーパウリスタの創業は1909年(明治42年)。今年で101年目ということになるわけだが、その間に多くの著名人がこの店に通っている。かつて、カフェーパウリスタは今の交詢社(銀座六丁目)の向かいあたりにあった。大正時代には菊池寛、正宗白鳥、芥川龍之介、久保田万太郎、広津和郎、佐藤春夫、獅子文六といった文学者が多く出入りしていたらしい。その関係で、昔を懐かしむ人たちがこの店を訪れるのも少なくないそうだ。

   ジョン・レノンがコーヒーを3杯おかわりした。
 店長の谷沢さんが、「最近ではジョン・レノンさんでしょうかね」と言う。えっ、あのジョン・レノンもここに来たのか。思わず、どの席に座ったんですかと聞いてしまった。真ん中のあの間仕切りがある手前だと言う。ジョン・レノンはオノ・ヨーコとともにここに通ったらしい。時にはブルーマウンテンを3杯おかわりしたこともあるそうだ。銀ブラからジョン・レノンまで歴史のある店なのだ。

 ちなみにこの店でコーヒーを飲むと「銀ブラ証明書」をくれる。スタンプカードになっていて、10回スタンプを押してもらうと、コーヒー一杯が無料となるものだ。さあ、銀ブラに出かけてみようではないか。


 プロらしい簡潔な文章ではないかい? 
 なにゆえ、全文を載せたのかは「彼に仕事を。オイラに愛を」と独身同盟宣言なのである。




2009.09.24  敬天愛人
 9月24日、午前4時、政府軍が城山を総攻撃したとき、西郷・桐野・桂久武・村田・池上・別府・辺見十郎太ら将士40余名は洞前に整列し、岩崎口に進撃した。まず国分寿介(『西南記伝』では小倉壮九郎)が剣に伏して自刃した。桂久武が被弾して斃れると、弾丸に斃れる者が続き、島津応吉久能邸門前で西郷も股と腹に被弾した。西郷は別府晋介を顧みて「晋どん、晋どん、もう、ここらでよか」と言い、将士が跪いて見守る中、襟を正し、跪座し遙かに東に向かって拝礼した。遙拝が終わり、切腹の用意が整うと、別府は「ごめんなったもんし(御免なっ給もんし=お許しください)」と叫び介錯した。享年51(満49歳没)。

 西郷隆盛の自決終焉の模様です。
 その西郷どんの写真嫌いは有名で、明治天皇の言葉にも反して1枚も存在しません。

  現存する肖像画を並べてみると
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 のように、一様に眉が太く肥満体です。
 ですが、どれも本人を目の前に書いたのでないそうだ。

 彼の肖像画もさることながら、描いた画家に注目すると、
 特に、イタリアの版画家・画家で、お雇い外国人となったエドアルド・キヨッソーネの生涯もまた波乱に満ちた人生であった。
 また、床次正精氏は検事職かたわら独学で西洋画の技法を学び、明治天皇に鹿児島・錦江湾の画を献上し、宮内省御用掛を拝命しました。 いわゆる、自薦の就職活動か? 故郷の英雄・西郷を描くにあたり、リアリズムの写実に苦労したと云う。 (息子の床次竹二郎 はWikipediaで調べられたが父親の正精のWikipediaは残念ながらUPなし)

 そして、上野と鹿児島には銅像が建っております。
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 明治31年、高村光雲作の銅像除幕式で糸子夫人は「うちの人はこげん男じゃなか」と呟いた逸話は有名な話です。


 
 100日を切ったゾー
 平成21年・西暦2009年も残り僅99日です。
 「秋分の日」 どんな日をお過ごしですか?

 歌姫・中森明菜の47枚目のシングルが今日発売されます。
   明菜:作詞  

 44歳の明菜は「少女A」「セカンドラブ」から「SAND BEIGE -砂漠へ-」「難破船」と不幸を引きずる女、その一歩につまづいた女がつきまとうイメージが感じられるのはオイラだけでしょうか?  そんなカゲリがオイラは気になり好きな歌手です。

     
 落花流水とは、落ちた花が水に従って流れる意味で、ゆく春の景色のことです。転じて、物事の衰えゆくことの例えになります。時がむなしく過ぎ去ることの例えです。別離の例えでもあります。また、男女の気持ちが互いに通じ合い、相思相愛の状態にあることを指します。散る花は流水に乗って流れ去りたいと思い、流れ去る水は落花を乗せて流れたいと思う心情を、それぞれ男と女に移し変えて生まれた語です。転じて、水の流れに身をまかせたい落花を男に、落花を浮かべたい水の流れを女になぞらえて、男に女を思う情があれば、女もその男を慕う情が生ずるということです。

        もう1曲。1994年10月5日発売されたた曲です。
         

 明菜でネットサーフィンしていたら、3年前に彼女の歌う「いい日旅立ち」が主題歌だった映画『旅の贈りもの 0:00発』が公開されたらしい。 監督は今旬なタレント・ノリピー主演の『審理』を撮った原田昌樹氏です。 1955年3月9日生まれの彼は2008年2月28日に癌による心不全のため死去。享年54(満52歳没)だった。

 エェ! そんな映画? 知らない。知らなかった。 見てエーナ 
 ウン。オイラも死の宣告を受け、北へ旅していた頃であった。 病名「ホジキン悪性リンパ種」 手術をしなければ半年50%の生存率。
 なれど、死は他人事の御気軽・楽天家のオイラは今日もしぶとく生きながらえております。