兄の育てた新潟ブランド苺の越後姫を納入している綾子舞本舗タカハシの「越後姫の練乳ロール」が宅急便でとどきました。 さっそく、丸かじりです。どこまで食べれるでしょうか・・・
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2010.02.28  2月末日
 月末が月給日の人にはウレシイ日です。1カ月28日働いて他月と同じ金銭が貰えるのですから。どうせなら、月28日にして1年13ヵ月にしてほしいと思いませんか?
 でも、日雇い労働者のオイラには2・3月の収入減は困ります・イタイです。切り詰めるコズカイも無い中、食費を削るしかありません。
 と、云うことで今週は「食の考察」を書き連ねたい。

   

 「春を口にする」
 まずは「春の七草」「魚偏に春で鰆」「木偏に春で椿」・・・
 デザートは15ツブの「苺」で決まりです。

 


 「野菜スープや煮物は絶対土鍋で弱火でじっくり煮込むとおいしくなる」 と言い張るGFからのアドバイスの実践です。

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 確かに肉のアクも出ず、なにやら、やわらかそう。
 火を止め、ブロッコリーとトマトを放り込み、10分後。

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    まだ土鍋は熱いです。 「ポトフ」の完成です。

    余り残ったポトフにカレー粉を入れ明日食べます。


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 2・18 未明の早朝 2月9回目の雪です。
 静かな事務室にはタクロー「外は白い雪の夜」の幻聴がー
           

 8時の勤務解放後、渋谷区役所・NHK方面へ散歩です。
 
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 1936年2月26日から2月29日にかけて、日本の陸軍皇道派の影響を受けた青年将校らが1483名の兵を率い、「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げて起こしたクーデター未遂「二・二六事件」の死刑執行現場である東京陸軍刑務所敷地跡に建つ慰霊観音像碑を見るためです。 
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 死刑と禁錮には絶対的隔壁があります。
 たとえば、禁錮刑を受けた満井佐吉中佐はその後衆議院議員になり、畑和二等兵は日本社会党から衆議院議員・埼玉県知事になった人までいます。
 そして、叛乱罪(群衆指揮等)で無期禁錮を言い渡された池田俊彦少尉は1941年12月31日に恩赦令により出所。 1965年2月26日に建立、20名が処刑されたこの地へは、亡くなる直前まで花をささげ、香を焚き続けた。そうです。
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 しかし、この事件に関わった下士官兵は、一部を除き、その大半が反乱計画を知らず、上官の命に従って適法な出動と誤認して襲撃に加わっていた。事件後、中国などの戦場の最前線に駆り出され戦死することとなった者も多い。特に安藤中隊にいた者たちは殆どが戦死した。
 組織が恣意的に人事・事案を操る官僚・政治を愚弄する事例・事態はこんにちにおいても、何ら変わることなく、綿々と続いております。
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 世情・真相など事件の歴史は学べど、戦後生まれのオイラには理解しがたい背景があったのでしょう。
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 たとえその行動が反国家クーデターであろうと「国の礎たらん彼らの御霊に頭をさげん」

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 オイラには年子の息子が二人おります。
 育児放棄したオイラには子育ての苦労と楽しみを知りません。
 でも、オイラブログに立ち寄るパパママの子育て日記にほほ笑ましさを感じます。

            

   「はしごのてっぺん」 さんのブログでは
 息子は、どこへでも一人で行きます。どこまでもどこまでも・・・
 牧場で羊の群れに突っ込み・・・行方不明になったこともあります。
  ※ちょうど羊と同じ背丈でしたので・・・
 娘は、研究します。どこまでもどこまでも・・・・・
 砂の肌触りから、貝の形、しみじみと微笑んでいます。
 自分の世界に入ると、声をかけても聞こえていません。

   「3人の子供達、妻との日常生活」 さんのブログでは
 卵を割りたがる長男
 肉しか食べない次男
 ぼちぼち食べる長女

 なる、母の目と父の眼の文章が載っておりました。
   (相変わらず、一方的かつ無断転用です)

 そんな彼らに送る「遊び言葉」

 母という字に緑を乗せたら「苺」になっちゃった。
 父という字に帽子をかぶせたら「交わる」なのだ。
 親子、いつものように元気に仲良くケンカしちょる。

 
 と、彼らに元気をもらうG3のつぶやきでした。
 オイラも早く孫の顔をみたいと思うのだが、二人の息子はオイラの放浪癖のDNAが色濃く、今だ達成できず。

 おまけ。「パタパタママ」を歌うのこいのこさんの幻のフォーク「9月になれば」の情報がネットでも皆無。どなたか知りませんか?




 
 昨日UPした田中一村さんの経歴の中で
 「1947年 - 川端龍子主催の青龍展に入選」
 なる1行を発見し、2年位前から行きたいと思っていた川端龍子記念館へ行って来ました。

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      記念館は竜の落子の形とのことだが・・・

 館内は当然のごとく撮影禁止。
 「癒されるとき・春」なる企画展が開かれておりました。
 川端龍子氏の経歴は作品とともに
 「賢者の石ころ・川端龍子」なるブログをごらんください。

 で、オイラが気になっていた絵画とは
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     《渦潮》 と 《渦潮》の龍頭部のアップ
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 会館では要領を得なかった同上の絵画をネットで見つけましたが、「龍の謂れとかたち」なるHPは「よくぞ調べておる」と感心してます。 ホント、世の中マニアなる奇特な人種がいるものですネ。

 没年の1966年(昭和41年)には、居宅に近い東京都大田区の池上本門寺大堂天井画として奉納すべく『龍』を描いたが未完のまま死去。後日、遺族の相談を受け龍子の遺作を実見した日本画家の奥村土牛は作品を激賞。奥村が画龍点睛して開眼の上、作品は大堂に奉納された。

 と、またまた、偶然にもオイラブログ「2008.09.25土牛、石田を耕す」で書いた奥村土牛氏の名があり、今度は本門寺へ行かなければ・・・ 行こう・行きたい。と時間の浪費ごとだけは次々と浮かびます。



 


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 みんなで叫ぼう「竹島をかえせー」
  今日は「竹島の日」です。
 無人(不法占拠・違法滞在者が居る)なれど、郵便番号: 685-0300 で郵便物が届くはず(誰が届けてくれるのでしょうか?)。


 1905〔明治38〕年、日本政府は他国による支配がないことを確認したうえで島を島根県に編入している。この日が2月22日といわれていることが、「竹島の日」の由来となっているのだ。
 ところか1952〔昭和27〕1月、当時の李承晩韓国大統領が「海洋主権宣言」を行う。そして「李承晩ライン」と呼ばれる韓国の領域を設定して、竹島を韓国領としてしまうのだ。
 その宣言を受けて、韓国は竹島エリアでの漁業を活発に行うようになる。さらに竹島周辺では日本の海上保安庁の巡視船が韓国側から銃撃を受け、日本漁船の拿捕や漁業関係者の被害も相次いだ。
 韓国は1954〔昭和29〕年になると沿岸警警備隊が駐留部隊を竹島に派遣した旨の発表を行っている。これ以降、韓国は現在も竹島に警備隊を常駐させ、監視所や灯台を設置しでいるのだ。
 日本政府は韓国側に『国際法に違反する不法占拠である』と抗議を続けているが、竹島周辺はいまだに日本人が近づくことができない禁じられた海域となっている。


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 2枚の写真からこれが島と呼べるであろうか?
  日本最南端「沖ノ鳥島」である。
 住所は郵便番号「100-2100」、東京都小笠原村沖ノ鳥島1番地(北小島)及び、2番地(東小島)となっている。電話の市外局番は小笠原村の04998だが、無人であるこの島に加入者は存在しない。
 しかし、住民票登録は原則、国内であるなら、無人島でもかまわないので登録は可です。ちなみに現在島民50人弱と何かで読んだが定かではない。


 

          

 明日22日は「禁煙ディー」です。
 「吸わん吸わん」とスワン=白鳥の横姿が数字の2に似ており2羽並んで、「22」だそうです。 そして、5/31は「世界禁煙日」です。
 ならば、その日以外は「喫煙奨励日」なのでしょうか?

 明日22日は「ショートケーキの日」です。
 カレンダーを見てください。22の上は15です。15=イチゴと読め、ショートケーキの代表・苺ショートから毎月22日を売上UPを狙った業界団体が選定しました。

 2月7日は「北方領土返せと叫ぶ日」でした。
 明日22日は「竹島の日」です。
 詳しくは明日UPします。

 2月22日はニャンニャンニャンと「猫の日」です。





2010.02.20  豪華カニ鍋
 ワーイ、ワィ。 今夜は蟹・蟹・カニナベなのだ。
 たっぷりの蟹の剥き身とアサリを使ったチゲ鍋です。

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 と、見栄を張りましたが実は蒲鉾です。
 カニ鍋風のナンチャッテモドキ鍋をおいしくいただきました。




          

 或コメ返しに
 「女性より男性の方が、猫に似て感じられる今日この頃です」
 との書き込みをもらったが、

 家族が最小集団単位と捉えるなら、人は食べるために役割分担が有るように思います。
 一般的ながら、男は外で狩りをし田を耕した。女は家事を任されていた。ゆえに男が犬的行動を、女は家で猫のように振る舞った。だが、いつしか外は争いごとが多く、男はしだいに疲れ、家にこもるようになっていった。変わって、女は刺激を求め、外に眼を向けてしまった。
  と、思う今日このごろnari   と書いてしまいました。

 「犬と猫、どっちが好き?」と愚問を投げかけられたら、猫と即答します。が、ガキだったころは犬派でした。いつしか・いつごろから? だろうか。
 そんな想いがよぎったせいか、妙に気になる1行でした。


 ところで、獣を追い立て、殺戮を繰り返す行為を「狩り」と云いますが、ナニユエ「ケモノ偏に守る」なのでしょうか?  どなたか、教えてくれませんか?

   たとえば・・・・・・・・・・・・・・・

 その昔の大昔、川を挟んだ両岸で二本の木が芽を出した。 毎日々、おたがいを観め合い、風に乗せた言葉で語り合う二本の木。 
 ある日の暴風の爆雨の中、二本の木はお互いに支え愛たいと叫べど大地を動けぬ二本の木には足がなかった。宿命といえど移動することが出来ぬ二本の木は「成長」することしかお互いが寄り添えぬ事に気づき嘆いた。
 それから十年・百年・千年と大地に根を張り、浅はかな人類の歴史をジッと見詰め、成長を続けていった。  そして、やがて。 いつのころか、ニ本の木は河の流れすら曲げる大樹に育ち『夫婦神木』と崇められるようになったとさ。

 しかし、愚かな漢字学者は[サンズイに木ふたつ]を淋(さみ)しいと表したのである。その上、快楽がもたらしたあとの病気を「淋病」と名付けた。同じ「リン」でも廻り回って移る病ならば「輪病」。ペットの隣りの人から持らったならば「隣病」。たまたま一時的にかかったならば「臨病」。何も「淋しい病」とネーミングするごとはないじゃないか!