『旅行』は晴れの日がダンゼンいいに決まっている。
 しかし、『旅』には雨の日もある。それが自然である。


 オイラは10年近く前、ナンチャッテ歩き遍路にチャレンジしたことがあるのである。
 8月下旬から約30日で一周プラス高野山詣でを行った。
 行程1/3を歩き、他はバス・電車を利用した。
 10日弱を民宿泊・10日をスーパー銭湯やコインランドリー、学校等に忍び込んだことも。残りは公園等東屋を利用の野宿でした。
 第11番藤井寺から第12番焼山寺への遍路ころがしの22kmでは道に迷い、山奥で月明かりの野宿も体験。
 
 そして、約25万円もかかりました。経費の内訳はアバウト。 
 東京・徳島が飛行機、大阪から新幹線帰宅で5万。 宿泊5万、交通移動費が5万。 お札等5万、飯雑費5万。



 まずは元日からのバーチャル遍路の報告です。

 5月30日現在トータル 506.88km 

 第三十七番札所  岩本寺(いわもとじ)
   ↓  80.7km  (トータル 514.8km)
 第三十八番札所  金剛福寺(こんごうふくじ)


 足摺岬の遊歩道付近には、ゆるぎ石、亀石、刀の石、亀呼び場、竜橙の松、竜の駒、名号の岩の「弘法大師の七不思議」の伝説が残されており、ユルリとお遍路をたのしみたいものである。

 また、岩本寺~金剛福寺間は四国八十八箇所札所間距離で最長である。
 


 
 漫画に有らずコミックと云う CCF20110528_00000.jpg

 江戸期の無宿人・渡世の無頼漢と明治期の慈善とは言えないまでも富士の開墾開拓始めとする社会貢献は「極めた男」の余裕ユトリなのであろうか?

 少なくとも、強引な商いで財を成し、執拗に執念深く『物欲収集した好事家』よりも、オイラは好きだ。

 文政3年1月1日(1820年2月14日) - 明治26年(1893年)6月12日
 山本長五郎を描いた黒鉄ヒロシの解釈伝記本を興味深く読みました。


  清水次郎長Wikipediaに書いてあった、

 徳間書店刊『アサヒ芸能』2007年2月15日号によると、1966年に清水次郎長の五代目の「正統清水一家」が解散後、途絶えていた名跡を山口組系二代目美尾組・高木康男組長が「六代目」として襲名するとする記事が掲載された。
 高木康男組長は闇金融の元締めとして逮捕された人物である(美尾尚利・初代美尾組組長が五代目の元若衆)。これにより、静岡市暴力追放推進協議会は、闇金融の元締めだった輩が清水次郎長の跡目を襲名するのは、清水の観光客減・イメージ悪化につながるとして清水警察署に継承阻止の要望書を送った。しかし、六代目清水一家が正式に襲名発足し、観光協会とみやげ物店の中には次郎長グッズを販売中止した店があり観光への影響が出ている。

 4年後の今日コノゴロ、地元・清水ではどんな平和・安寧の生活が送られているのだろうか?



 5月20日ブログに「秋田に行きたい・行こう・行くぜ」と書いた。
 色々、調べました。 現地移動手段・方法が見つかりません。 
 八郎潟駅からは日に3本のコミュミティバスがあります。
 タクシーだと7000円前後、3時間貸切で15000円。

 困ったオイラはいつものように強引作戦を考えた。

 村内ボランティアへ問い合わせました。
 『また、大潟富士の見学についてですが、村内の移動は原則として申込者の車にボランティアが乗り合わせていただいてますが、お車をお持ちでないということなので、大潟富士までの移動につきましてはこちらで対応させていただきます。 ※八郎潟駅までの送迎は行ってませんのでご了承下さい。』

 目黒川クルージングに一緒に行った例のギャルにはー
 ・・・相変わらずネー  と呆れられた。

 2年ぶりの後輩に電話を入れた処。
 ・・・都内を引き払い、水戸実家(今回の地震では大したことはなかった)で無職・就活中。おもしろそうだが無理。  との返事。

 全く、見も知らぬ秋田地元の地方出版社・無明舎に手紙を出した。
 「お引けぇなしてー  
  …人よんでルーテン(流転)の遊と申します」 と仁義を切った。
 社長さんより「生憎その日は都合が悪い」との丁寧な返事があった。

 いつもながら、不遜・傲慢でワガママ身勝手なオイラである。
 昨年暮れの「岳南鉄道から吉原・富士太夫の初見旅」でも強引に迷惑をかけた(本人自覚は無いが)ようにはいきません。

 オイラのツブヤキと友人のササヤキが甦る。
 「オイラには悩みが無い。一天地六の賽の目人生悔い無し」
 「お前の存在が悩みの種なのだ」

 ・・・・・ウーン、困った。 イケナイ、どうしょう。・・・・・


  auunn001.jpg
     東の夕暮れが西から俄に掻き曇り、暗転が射す。




 
    森田一義氏に捧ぐオマージュ妄想企画 
    こんなテレビ番組があったらイイナー
     『カミダノミ☆タモリ倶楽部』
       第55回「蒲原鉄道」
       ゲスト:red50keiさん 

 毎度おなじみの流転番組のタモリです。
 今回は廃線・蒲原鉄道の今昔写真を比較しようと集まりました。

   まずは路線図 kanbara01_htm_txt_kanbara_map.jpg

  その歴史は
 1923年(大正12年)10月20日 村松 - 五泉間 (4.2km) 開業
 1930年(昭和5年)7月22日 東加茂 - 村松間 (15.2km) 延伸開業
 1930年(昭和5年)10月20日 加茂 - 東加茂間 (2.5km) 全線開通
 1985年(昭和60年)4月1日 加茂 - 村松間 (17.7km) 廃止
  3駅4.2kmの超短線として生き延び親しまれていたが、
 1999年(平成11年)10月4日 村松 - 五泉間 (4.2km) 全線廃止

 red50keiさんが貴重希少な比較写真を持ってきてくれました。
kann001.jpg
 kann002.jpg
kann003.jpg
 kann004.jpg
kann005.jpg
    もっと詳しく見てみたい人はここをクリックしてください。

   WHAT?な写真発見  オブジェ? はたまた・・・ 
    s-k38.jpg


  

  1960(昭和30)年代生まれの自転車探訪野郎の夢は・・・・・
  ワキアイアイと鉄道談義は続く。
  酒も入り、もはや番組収録にならず、フェードアウト。





  埃まみれの本を引っ張り出して、読み返しました。
  2001年3月講談社発行の岩明均氏の「雪の峠」

 大名・佐竹家は、関ヶ原の戦いで西軍の石田三成方についたため、敗戦後、当時の僻地である出羽国に追いやられてしまった。そこで新しい城の築城に取り掛かることになったが、その築城場所を決める際、当主の佐竹義宣は渋江内膳ら若い家臣の意見を優先し、高齢の重臣たちを蔑ろにする素振りを見せる。それに反発した高齢の重臣たちは、大軍略家と名高い梶原美濃守を立て、自分たちの居場所を守るために対抗案横手地を出すが……。

 久保湊の窪田丘案と横手案の2案を幕府に申請請願するのだが、横手居住の大殿の添え状を3日で江戸に運び、「万一江戸に事あらば直ちにはせ参じる」を実践した。
 しかし、外様の佐竹が怖い家康はその裏に隠された3日のメッセージを読み取りもっと遠くへと追いやった。

CCF20110524_00001.jpg CCF20110524_00000.jpg
               秋田・明田富士からの眺めだろうか?

  参考文献として、無明舎発行の渡部景一氏の本が3冊並んでいた。


 現横手市に府中を置いていたら江戸へは峠を越えなければ行けないが、船なら15日で江戸へ行け、北前船の回航を予見した手案目線の高さに感心しました。
 
 清和源氏の流れを汲む佐竹家は元々、常陸で80万石の領土であった。徳川東軍に味方していたら、関東に近い名門土着大名をそのままにするはずは無く、加藤・福島のように取り潰されていたに違いない。
 直接、関が原での戦闘に参加せず、出羽の片田舎で20万石に甘えつつも、薩摩・島津同様僻地ゆえに天守閣は造らず、主要地で家臣軍団を配置していた。 
 今に残る角館の武家屋敷が物語る。
 開墾にも力を注ぎ、実高40万はアキタコマチへと続く。

 反徳川の反骨精神は260年間、脈々と静かに受け継がれていた。
 明治維新に際しては、当初は奥羽越列藩同盟に参加していたが、仙台藩の使者を斬ったうえ明治政府側に寝返ったのである。一藩での官軍参加であった。

 ちなみに、四面楚歌の状況下で錦の御旗を守った事実は「秋田県民歌」の三番にも記され、広く歌われているという。


 ウーン、知れば知るほど秋田へ云って見たくなります。
 6月11日、秋田に行きたいです。行くつもりです。
 でも、八郎潟の移動交通手段・方法がありません。
 山手線内に匹敵する広い干拓地は歩いては無理です。
 秋田在住の物好き・同行の有志・奇特な方からのお誘い待ってます。
 コメント欄のSecretをポチと押し、連絡ください。 4649です。



 桜好きのオイラアンテナに引っかかった他人様のブログを相変わらず無断転用・紹介です。

  『さまざまなことを思い出すさくらかな』
 ――事業をたたんで再出発する遠方の友人からの便りの末尾に記されていた句だ。字余りだし、内容も凡庸だし、ひらがな多いし…と思ったのだが、なぜか脳裏に巣くって離れない句だ。凡庸に読めて奥深くシンプルなのに、実はラジカルな句なのではないか。と気になって調べたら、なんと芭蕉の句。あやうく友人に「もっとましな句をつくれよ」といいかねない寸前の出来事でした。


 単なる俳句に「?&!」と調べるアナタは何者?


 突然、ブログネタが替わります。
   麗君をBGMに流しながら 

 オイラは「百合とアマリリス」の違いが判りません。
 茎から葉が伸びるのが百合に対してアマリリスは球根の根元から葉が伸びてます。くらいしか判別できません。

 百合の花言葉は「威厳」「純潔」「無垢」
 色と種類によって、
  (黄)「甘美」
  (橙)「華麗」「愉快」「軽率」
  (オニユリ)「荘厳」「富と誇り」
  (ササユリ)「清浄と上品」
  (ヤマユリ・テッポウユリ)「純潔」「荘厳」
  (カサブランカ)「純潔」「威厳」「無垢」「壮大な美」

 明治期、絹・生糸とと共に百合は輸出品目として海外に流れました。

 アマリリスの花言葉は
 「誇り」「内気」「すばらしく美しい」「おしゃべり」「強い虚栄心」 だそうです。
 おなじみの童謡「アマリリス」の作曲は、フランス国王・ルイ13世という説がある。

 ヒガンバナ科に属しているということは、花弁を千切ったら曼珠沙華になるのであろうか・・・

 オイラの勤務するマンションに去年貰ったアマリリスが大輪を付けました。 花好きの清掃員がなにかと手を加え育てていました。
526ww009.jpg 526ww006.jpg


  『松島や ああマツシマヤ まつしまや』
   (カタカナやひらがなでは締まりが無いですね)
 松尾芭蕉の句と云われてますが、後世の人が芭蕉が絶句した気持ちをパロディ風に詠んだ句とも伝わるがどうなんでしょう。

 また、同行の曾良が一句詠んでいる。
  『松島や鶴に身をかれほととぎす』
 …松島よ。ここでは鶴がふさわしい風情なのだから、鶴に身を変えてくれ。今鳴いているほととぎすよ。 と身勝手なトホホをほざいてました。





 5月22日日曜の14時~15時25分のテレビ朝日放送の「ザ・スクープスペシャル」を興味深く観ました。
 検察組織によるでっち上げ冤罪特集をやってました。


 1967年に茨城県で発生した強盗殺人事件である布川事件の被告2人に対し、当初から冤罪の可能性が指摘されており、2011年5月24日、水戸地方裁判所土浦支部にて無罪判決が下されました。



 こちとらはゴクゴク微罪で世間的にはどうでもいいような言いがかりとも云える事件『ビデ倫ワイセツ裁判』の行方の裁判傍聴を野次馬的に追っかけております。


 さて、ここからまた長い文章になりますが読んでください。



   『弁論要旨』

 上記被告人に対するわいせつ図画販売・同頒布各幇助被告事件について弁論の要旨は以下のとおりである。

    目  次

第1 はじめに
第2 日本ビデオ倫理協会の目的、組織、業務と社会的評価。
第3 刑法175条は、立法事実を欠き、さらに憲法21条、31条に反し違憲無効である(違憲・無効ー無罪)。
第4 本件作品は「わいせつ」にあたらない。
第5 本件は、公訴権の濫用で公訴棄却すべきである。



 第4 本件作品は「わいせつ」にあたらない。

1 最高裁判決の「社会通念」があまりに抽象的でわいせつ判断の物差しにならないので、社会の目安としてより具体化するものとして「愛のコリーダ」事件の東京地裁、東京高裁判決(無罪確定)は普通人の到達した性表現の「馴れ」、「受容」と捜査機関の「放任」の実態を重要な判断基準としている(本判決は、検察官の上告がなく確定している)。
 広く性的映像が流布・流通されている今日の社会の実態を知ることは判断材料として不可欠なことと言わなければならない。その意味で、まず映像の世界を見てみたい。弁護人の提出した証拠第28号証(動画WIKI)、第29号証(有料アダルトサイトの視聴。ダウンロード・記録DVD)、第32号証(無修正AVの購入記録DVD)、第33号証(ビデオザワールド09.1号)はまさに現実社会における普通人の性表現への「馴れ」と「受容」と捜査機関の「放任」の実態を証明しているもので、露骨な性表現が捜査機関によっ広く「放任」されていることを如実に示している。
 インターネットでは、無修正のハードコアポルノ画像が有料、無料で茶の間に入ってきているという実態がある(第5回公判調書36頁。証人Mの証言)。
 I(ビデオ監視委員会副会長。ビデ倫理事経験者)の証言では、監視委員会の活動の一貫として、平成17年10月頃所轄の警察へモザイクの薄いレアル・ワークスという会社の作品を持参して相談したところ薄くても「モザイクがかかっている以上公判維持することは難しい。すなわち摘発はできない」と言われたとのことであった(第6回公判調書11頁。)このようにかなり薄くてもモザイクがかかっていさえすれば摘発できないというのが「社会通念」だったのである。

2 しかも、今やインターネット人口は4年前の2007年ですでに8227万人に達していること、情報収集手段として他のメディアより重要視されていること、利用者22.7%が有料コンテンツの購入経験を有し、その分野別順位4位をアダルトが占め、購入しない者の理由の68.72%が無料サービスで充分とするものであることが示すように、インターネットによるアダルト映像の入手、鑑賞が広く一般化していること(同27号証、インターネット白書2008個人世帯利用動向。財団法人インターネット協会)を知るならば、本件起訴がいかに「社会通念」に反しているかが理解できるのである。
 しかも、かたや成人用ビデオ、DVDは、店の中で隔離された場所で購入者、ユーザーの年齢を調べた上で販売、レンタルされるのである。

3 印刷媒体では、性器、性交を露骨に描写しているものは枚挙にいとまがないといってよいほど出版されている。弁第34号証(別冊「太陽・春画」)同35号証(別冊「太陽・続春画」)、同36号証(「すてきなお姉様」)、同37号証(「ナンパの鉄人」)、同38号証(アップル通信04.7号)、同39号証(マニア倶楽部vol.11)などを挙げることができる。
ちなみに、弁護人がビデ倫の審査基準から弁第34号証、35号証を検分してみると第34号証で60ケ所以上、弁第35号証で63ケ所以上のビデ倫審査基準から審査して修正すべき箇所を指摘することができる。
以上、本件作品は、いずれも社会通念上、「わいせつ」といえず、無罪である。

4 さらに、本件がわいせつでないことはいうまでもないが、ビデ倫の審査員は、わいせつな作品を市場に流通させないためにこそ審査業務を遂行してきていたのであって、わいせつな作品を審査して通す意志は全くなく、幇助の意思ももとより存在しなかったのである。



第5 本件は、公訴権の濫用で公訴棄却すべきである。

 以後は後日、またUPしてゆきます。
 長文を読んでいただきありがとうございました。

 一言でもコメントをいただけたら幸いです。




        

 想定外の自然脅威で図らずも露見した脆弱なる「神話の崩壊」は脱原発の序曲であり反原発の大合唱とうねってゆきました。
 確かにそのマイナスベクトルは利便性のみを追い求めた日本人の意識を変えることでしょう。掛け声だけのエコや自然との共栄を見直すには余りにも莫大な犠牲が伴ってしまった。

  しかし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 映画「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」46分を見てきました。
 あたかものリアルなCGと美辞麗句のナレーションは棟が熱くなり、感動することでしょう。 実物展示にたくさんの人々が集まるのも納得です。

  ですが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 東京から飲み干した空き缶を地球の反対側のサンパウロを走るゴミ収集車に投げ入れる行為に匹敵する今回のハヤブサミッションではその軌跡計算式πは 3.14159 26535 89793の15桁が使われたそうです。

 「およそ3」と教えたユトリ教育も3.14に改められ、科学に関心を持つ子供たちがオトナになるころにはどんな世界になっているのでしょうか?

  こんなハズでは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 と嘆く前に、明るい未来を次世代に繋げてゆきたいものである。

 と思う今日この頃ですがオイラにはナニができる? 自問が続く。




 誰もが知っている「遠野物語」を記録した民俗学者の柳田國男。
 よくは知らないがオイラは嫌いだ。

 彼自身の性格と手法によって切り捨てられた民俗風習。國男が意図的に無視した漂泊民、非稲作民、被差別民、同性愛を含む性愛、超国家的民俗などの解明は同時期に宮本常一によって多くの先駆的発掘研究が為された。

 宮本常一WHO? と知らない人が多いでしょう。 
 1907年8月1日 - 1981年1月30日 日本各地を歩いた人です。
 1960年『忘れられた日本人』のひとつに「土佐源氏」があります。

 昭和30年頃、土佐・檮原村の橋下の粗末な小屋に住む盲目の老人から、その一生について聞き取り、老人の語り言葉そのままに書きしるした。夜這いの子としての少年時代、馬喰(牛の仲買)としての綱渡りの生活、様々な女性との遍歴、(数々の悪事がたたったのか)盲目になり、最後は散々粗末に扱ってきた妻の元に戻ったこと。そんなことが生々しく、そして生き生きと書かれている。

 単にオンナ誑しの助平が「ヤッた女晴らし」のタワゴト寝言を赤裸々に語っただけデッセー

523w027.jpg 523w028.jpg
 宮本常一氏は知っていたが、俳優・坂本長利氏は知らなかった。
523w025.jpg 523w026.jpg

  この舞台が生まれたのは1967年。東京・新宿のストリップ小屋の支配人に、幕あいに何か新しい出しものをと望まれ、かつて読んだ「土佐源氏」を一人語りで上演することを思いついた。とのこと。

 そして、 80を過ぎた坂本長利さん(1929年10月14日~)は1000回を超える一人芝居を打ち、「若い頃から、老人を演じているつもりはなくやってきたのですが、最近は力むことがなくなって楽に演じられるようになってきた」と言う。

 ほんと、世の中にはスゴイジジィが居るもんだ。
 オイラなんぞ、完全に負けている。

 もうひとり、1930年8月18日生れの日本の大道芸人のギリヤーク尼ヶ崎さんの舞踏の衝撃が忘れられないが彼のことは後日記したいと思う。

 
 60年近く前、オイラが幼少のころ、角付けをする瞽女が家に泊まった夜の鮮烈恐怖が記憶のヨドミのごとく甦る。

   


 偶然の出会いながら府中の森の精霊に呼び寄せられるように、
 不思議体験、遠い昭和の「忘れられた日本人」に触れて奇ました。





 
 頭が白い、中までマッ白。
 何もしたくない日曜日。

 それでも他人様の写真を使って加工してみた。

  
   522wfuji03.jpg

    藤沢・S氏のオリジナル 7dd50b348a7a39aacfecd3b52841f93a.jpg


   522wkaosu.jpg

   名古屋・U氏のオリジナル 522w20080822172428s.jpg


   522wfuji2.jpg

       オイラオリジナル 522wfuji22s.jpg

           
                    お粗末さまで下。




 6月11日、秋田に行きたいです。行くつもりです。
 でも、八郎潟の移動交通手段・方法がありません。
 山手線内に匹敵する広い干拓地は歩いては無理です。
 秋田在住の物好き・同行の有志・奇特な方からのお誘い待ってます。
 コメント欄のSecretをポチと押し、連絡ください。 4649です。