その駅はどこにでもあるのどかな田舎の駅でした。
 駅前をすこし歩いた所には朝7時半から350円の温泉があった。
 しかし、新幹線の開通と共に一転。ビルがチラホラ並ぶどこにでもある地方都市駅に変貌していた。 八戸温泉があったはずであるが、様変わりです。 まるで十年ひと昔。

 バスを乗り継ぎ、南部一之宮の櫛引(くしひき)八幡宮です。
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櫛引八幡宮は南部家初代光行公の草創と伝えられる。
南部家文書によると、 文治5年平泉合戦(1189年)に戦功をたてた光行公は源頼朝から糠部郡(ぬかのぶのこおり、 岩手県北部・青森県東部の広大な地域)を拝領し建久2年(1191年)に入部、 後に家士を遣わして甲斐南部郷の八幡宮御神体を奉持せしめ、霊地をトして櫛引村に 宮社を造営し武運長久を祈ったという。

 この八幡さんには春日大社・赤糸威大鎧(竹虎雀飾)に匹敵する国宝赤糸威鎧「菊一文字」が現存しております。
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 じっくり眺めていて、左側の耳当て「吹き返し(ふきかえし)」の金装飾が黒いスス?なのか? ヨゴレが気になりました。 係員に聞いた所、昭和初期盗難に遭い、薬品を掛けられた状態で東京の川に捨てられて発見されたそうです。

 おもしろい。 とは不謹慎か?  帰って来てネット検索です。

 八戸市立図書館に西村昇著「歩みしは山坂の道」に「国宝赤糸威鎧盗難事件を聞く」項目がありましたが詳しくは載ってませんでした。 残念!!!


 ちなみに検索時に引っかかった春日大社や大山祇神社(瀬戸内海の大三島)に大鎧を見に行ったことがありますが、御岳神社の赤糸威大鎧はまだですので今年こそ行ってみるゾー



 先週21日の金冠日食をどのようにして見ましたか?
 オイラは旅先八戸のホテルで迎えました。

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 200万画素の携帯電話カメラではこれが限界でした。
 八戸は部分日食でしたが友人にメールを送りました。

 旅をお楽しみのようですね。藤沢は雨模様であきらめていましたが雲の隙間から一瞬だけ見ることができました。 の返信をもらいました。

 また、ある人は「SunGlassが役立ってよかった。」
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 横浜市北部の我が家からは、雲の合間にこんな具合に見えましたよ~。
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 シツコクも繰り返すが八戸ではこんな風に写りました。
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 悲喜コモゴモの天体ショーは「平和と安寧」を祈り、終了しました。



 2月に函館に行かないか? と誘われた時に八戸・蕪(かぶ)島に行きたい。と思った。

 ウミネコの繁殖地として天然記念物に指定されている島です。
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 推定4万羽のウミネコが卵を温めていました。
 遠くだけではありません。通路の足元にも居ました。
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 ウミネコは猫ではありません。 カモメ科カモメ属です。
 カモメとの違いは尾羽が黒いこと。なのでBlack-tailed gull。

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                (偶然のワンショットに拍手です)

 「島」と呼ばれているが、1942年に旧海軍により2年がかりの埋め立て工事が行われ、本土と陸続きとなりました。
 島の頂上に鎮座する蕪嶋神社は「蕪嶋の弁天様」として信仰を集め、親しまれております。
 運が悪いと、空からウミネコの糞を浴びてしまうことになるのだが、逆に幸運の証明書を無料で配っておりました。
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 無理を言って証明書を写させてもらったら、連れが大当たり。

 孵化すればもっとにぎやかになることでしょう。
 そして、7月にはこの島を離れ、全国へ飛んでゆきます。
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 集団繁殖地(コロニー)と云えば、鳥島のアホウドリが思い浮かぶが鳥にやさしい島は愛煙家にも親切な島であった。


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 海峡フェリーで青森へ船旅4時間です。
 三角形ビルの青森物産館アスパムでホタテコース定食を食べる。
 無料の津軽三味線が披露されてました。

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 9面360度のマルチ映画を見ました。
 20分の映像は青森のすべて、いえ一部を切り取り大迫力でした。

 近くの青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸やねぶたの家ワ・ラッセへ行くつもりがアスパムだけでゆっくりと青森を満喫。
 護岸された海辺を歩き街中の駅を目指しました。

 街路樹は一重や八重のリンゴの花が咲いてました。
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 新幹線開通は便利をもたらしましたが、青森まで続いていた東北本線は盛岡までがJR東日本でその先は「いわて銀河鉄道線」「青い森鉄道線」の県単位の第三セクター方式の運営運行となりました。 なので、三セク駅始発のJR路線が生まれました。
 珍しいと思いませんか? 「思わない!」
 鉄チャンでなければ注目しませんよねー

 青森から八戸まで青い森鉄道線に乗り、2012年3月17日全線で運転再開したJR孤立路線の八戸駅から久慈駅を結ぶ東日本旅客鉄道八戸線で鮫(サメ)駅へ。

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 「八戸シーガルビューホテル花と月の渚」にて八戸名物せんべい汁御膳をおいしくいただきました。


 おまけ旅情。 オイラの先輩の石井信平氏のブログ。
  『オラが春 知性と酩酊の町・弘前訪問記』
 2001年9月某日記が2012-05-17に偶然にもアップされてました。


 
 5月18日 金曜日 10:10 函館へヒトッ飛びです。
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 函館駅横の朝市食堂で1500円の5色海鮮丼を喰らう。
 北海道のタンポポは本州産とは種類が違うのであろうか?
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             まずは高い所大好きオイラは五稜郭タワーへ。

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 季節は春。いたるところで桜が咲いてました。
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             サクラオタクの眼はキョロキョロ泳ぎます。

 定番コースの函館山へロープウェイで登りました。
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 デジカメ3面ワイドパノラマの撮影スクラッチ処理時にトラブルがー
 突然、機能停止。 電源Offすら動作せず、オールスイッチ不動にー

 諦めの早いオイラは慌てずもせず、カバンに放り込みました。
 心眼カメラが有るではないか。携帯電話カメラも使える。
 
 登った時間が早かった。夕景・夜景にはまだ2時間以上あります。
 オイラのコース選択ミスでした。 もう少しナニカがあるのでは? と時間タップリの余裕が弄びぎみです。
 下山して街中をブラブラ。運河やレンガ倉庫のライトアップを見て、函館塩ラーメンを食す。 コジャれたホテルにはパソコンがありました。

 「明治遺産の街」の印象が強く感じた函館でした。 


             


 自覚症状が無いわけではない。 思い当たるフシもある。
 末期的中毒患者なのかも知れない。 そうなのだろう。

 ハスッパな若者のように「無ければ死んじゃうー」とか「信じられなーい」とかと云うのとも違うようだが、とにかく深みにはまっているようだ。

 この1週間、いや10日を振り返ってみた。

 毎日ブログを書くことを心がけているオイラは旅行等で書き込めない時は事前予約で書き込んでいます。
 4月はサクラネタを。5月は旅行の下調べネタを。
 「母の死」すら書き込みました。
 完全なるブログ依存症の末期症状ではないでしょうか?

 自覚はあった。ブログネタのための散歩がいい例であろう。
 携帯からも書き込んだ事がある。 旅先の家電店からも書いた。
 デジカメが壊れたら携帯電話で撮りまくりました。

 23:50発の深夜バスに乗り、朝6時新宿着。 アパートに辿り着いて寝ていたら、母の訃報が入りました。実家柏崎へ帰郷して、粛々と葬送を行い、ただいま帰ってきて馴れたパソコンで打ち込んでいます。

 これは完全にブログ中毒症状・患者ではないでしょうか。 それもかなり重症末期症状といえるでしょう。
 直す薬は無い。書き続けることが唯一の延命です。 と思う。
 なので、明日からも書き続けようと思いました。


 22日に母が亡くなり、昨日夜のお通夜でした。
 明日(今日というべきか)、朝。本葬です。

 メモリアルセンターで息子であるオイラは次兄と共に、灯明・線香を絶やさないよう寝ずの番です。 と言いつつ今交代で起きました。 半年ぶりに会う次男持参のパソコンを開き打ち込んでいます。

 5年前(だったと思うが)と同じメモリアルセンターです。 前回は式場の御遺体安置のとなりの6畳控え室でゴロ寝の仮眠をとりながら朝を迎えましたが今回はビックリ。
 至れり尽せりの施設?サービスです。
 まずはキャスターに乗せられた棺桶御遺体を控え室の簡易祭壇に安置できるようになってました。 その控え室はシャワーバス付きです。浴槽テレビ完備(見るものが無い時間帯なのだが) 当然アメニティも。 風呂に入りヒゲを剃りコーヒーを飲み打ち込んでます。
 ベットまで備わってます。 まるでホテルなみです。(高い宿泊費ですが)

 星空がきれいです。
 まもなく、朝焼けがやってきます。
 ラジオ体操でも行いましょうか。 それとも、24H営業のマクドナルドでも行ってきましょうか・・・


                                                                                                    

2012.05.23  海峡カレー
 青函連絡船は昭和63年3月13日の青函トンネルの開通に伴い、鉄道車輌をそのまま運ぶ青函航路が廃止されました。
 その歴史は明治41年に遡り、貨物が昭和46年に855万3033トン、旅客が昭和48年に利用者498万5695人のピークを迎えたが年々減少していった。

 残念ながらオイラは乗ったことが無く、特なる感傷もない。

 現在はフェリーが就航しており、オイラ的ラストチャンス。
 にしても、ここに2社のフェリー会社がそれぞれ運航しているのを知りました。 なにゆえ2社? 歴史的背景があるのであろうが統合したほうが効率的と思うのはオイラだけか? まぁ、赤字も出さず共存出来ているのであろうが明るい未来図はあるのでしょうか?

 さて、ここで先日アップした被写体情報を文字にするカメラで仮想プリントアウトしてみました。
 「お皿にU字型に盛られた白いライス、上のほうに大きな蒸かしジャガイモ。 本州・津軽下北半島と北海道・松前半島か? 茶色の液体は海なのでしょう。 泳ぐはマグロ?羊?」
 海峡カレーと名づけられた船内レストランの名物カレーでした。 なんていうカレーが食べてみたいナー


2012.05.22  突然の訃報
 「いつ逝っても・・・」の覚悟はあれど、「死」は突然です。
 大正13年生まれの寝たきりの母が自宅で永眠しました。

 なので、1週間くらいブログ書き込みを休みます。
 と、書くとお悔みのコメントも並ぶことでしょうが、特に涙も無く、漠とした「母と子」の記憶が走馬灯のように廻り巡ります。

 まぁ、葬送の儀を粛々と行ってきます。

 23:30仙台発の深夜バスにて帰ってくる予定です。
 呑ンベイなら国分町で牛タンと笹カマで飲んで時間調整が可能なのだが、オイラはどうしょう・・・

 調べてみると22時まで利用可能な日帰り温泉旅館が仙台の奥座敷と呼ばれる作並温泉にありました。

 仙石線の作並駅からその温泉には2・3km離れております。
 仙台駅発のバスが出ており、最終便の18:30なら旅館前のバス停が利用でき、約小一時間で到着します。 でも、帰りの足がありません。ここは奮発して迎車タクシーを呼ぶことにしました。
 22:26作並発の電車で仙台駅着が23:05。

 旅最終予定も都合良くベストなバッチリを組みました。
 あとは高速バスにてユックリ寝て起きれば東京です。

 このブログアップの時間には車内で旅の思い出の夢を見ていることでしょう。