2012.11.30  カメラの日
 霜月晦日ですね。 明日から師走です。
 そんな11月30日は「カメラの日」だそうです。
 なので、1枚の写真を貼りつけました。

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  悩ましいが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・怪しい













 実はイタリア在住の22歳のDiego Fazio氏による鉛筆画。  なのだそうだ。
 彼の作品の絵と言おうか作品の画像はこちらをクリック。
 ネタ元の真偽論争はこちらをクリックしてください。


 オイラブログに超精密画やリアルアートを何回か取り上げましたがここまでの写真ソックリにはビックリです。 実物本物が見てみたいですね。

 
 武士と現代人の決定的違いのひとつに「人を殺すための道具」を常に身に付けている。と云うことです。
 ですので、腰帯に挿す時は左側で抜いて素早い対応のため刃を上向きに帯ます。歩く時は常に相手に対し左側です。 そして、手に持つ時は右手に持ち、敵意が無いこと(抜きづらいため)を意思表示します。

 映画の時代考証には細かい『?』がたくさん存在します。
 それなりに表現しようとも、どこか違和感が残る映画が多すぎます。
 たとえば、「ラストサムライ」では敬意を払っているのであろうが捕虜の監視警護人が右刀ではおかしいではないか?  「桜田門外ノ変」では同志会合で左に刀を置いた。  etc


 「もう、イヤになった」 の城主代行の一言に同意した家臣が「対戦します」と豊臣方の使者に対し左手に刀を持ち意思表示する。

 近ごろでは珍しい145分の映画「のぼうの城」をおもしろく見てきました。
 500対20000の田舎の小城攻防戦です。
 喜劇チックではあるが、原作の和田竜自身の脚本は斬新でした。
 SFXの水攻、堤防決壊で公開上映が延びたのも納得です。

 にしても、やっぱり映画の投資回収は大変ですね。
 リスキーなバクチは出演者にも要求されます。
 何も無いセット背景に立ち、あたかも有るように居るように演じるは自分が何をしているのかさえ判らないままの演技って大変なことでしょう。
 てな、内容に直接関係ないことを思いつつ、映画ファンのオイラは次の映画を探します。
 来月は往年の007の新作あたりか? シニア千円で楽しめます。


 オマケの蛇足グチです。
 世襲制度が無くなった現代において、政治の世界のデクノボウたちよ。オノレの意識を超えた世情であろうと「のぼうこと成田長親」のような奇作であろうと元気な日本を創ってくれ。 ならば応援するぜ。




2012.11.29  信じたい
 やっぱり、眠れません。
 喉に刺さった小骨のように引っかかってアノ件です。


 御神木が各地で枯れているそうです。 「さもあらん」
 2本を550万で売ったそうな。  「そんなに高いのかい?」
 ですが根元に数ミリの穴があいている跡が発見。  「なんのため?」
 ドリルで人為的に開けられ枯葉剤の注入が確認できた。  『?』

 NHKで取り上げてました。  続きの詳しくはこちらをクリック。

 悲しい。寂しい。 サモしいですね。 言葉を失いました。
 何も出来ない怒り心頭のグチボヤキを鎮めるにはファンタジーを語ろう。
 


     『 淋として五月雨 』   by yuuji

 その昔の大昔、川を挟んだ両岸で二本の木が芽を出した。
 毎日々、おたがいを観め合い、風に乗せた言葉で語り合う二本の木。 
 ある日の暴風の爆雨の中、二本の木はお互いに支え愛たいと叫べど大地を動けぬ二本の木には足がなかった。宿命といえど移動することが出来ぬ二本の木は「成長」することしかお互いが寄り添えぬ事に気づき嘆いた。
 それから十年・百年・千年と大地に根を張り、浅はかな人類の歴史をジッと見詰め、成長を続けていった。  そして、やがて。 いつのころか、ニ本の木は河の流れすら曲げる大樹に育ち『夫婦神木』と崇められるようになったとさ。


 そして、こんな曲を聴きながら眠りにつきたい。

      

   蛇足的オマケの歯ぎしり。
 この「悲しくてやりきれない」はサトウハチローさんの詩です。
 作曲は「トノバン」という愛称で呼ばれた加藤和彦氏です。
 この作曲秘話です。 (フォークルファンなら誰もが知っているが)
 2枚目のシングル曲として予定されていた「イムジン河」が発売自粛となったため、それに代わる曲として制作された。加藤が「イムジン河」のメロディを後ろから逆にたどっている間にひらめいたといわれてます。
 その加藤も3年前に自選死しました。

 あっちもこっちも「悲しくてやりきれない」
 でも、溢れ流れる涙の温かいことを信じて・・・・・


 薄暗い高麗納戸の奥からそのモノが見つかっのだ。
 と、始まるサスペンス小説を書きたい。
 と、思いついたが1行で挫折してしまいました。

 なので、「高麗納戸」色について書きたい。

    まずは色見本です   0121kourainando.jpg
 
 江戸時代に、四世「高麗屋」松本幸四郎が寛政年間に歌舞伎「鈴ケ森」で播随院長兵衛の合羽に用いた色。 これが評判になり、「高麗屋の青」と言う事で、高麗納戸と呼ばれるようになった。

 この色を用いた和装小物に帯締めが有りました。
   どんな着物柄が似合う? kourai001.png
 「お取り扱いのご注意: 染色加工の性質上、水ぬれ、汗、摩擦で色落ち、色移りします」なる正直?表示のある商品を売るのは、大阪・六花です。

 この帯締めは8種の色合いが揃っいます。
    どの色もステキです   obijime005-0.jpg
 『白無垢・伽羅色・山吹茶・高麗納戸・萌葱色・丁子色・ときがら茶・月白』
 実は写真には9本あるのですが1本の名が判りません。 売り切れか?

 ジャパニーズカラーって呼び名・名前だけでも萌えますね。

 オイラは『利休鼠・色』が一番好きですが・・・・・


 北海道・六花亭のホウィトチョコをかじったつもりで眠りにつきます。
   Good night Music  



 
 幕末の蝦夷・箱館を舞台とした小説2冊を読みました。
 佐々木譲氏「婢伝五稜郭」と吉村昭氏「夜明けの雷鳴」です。


  「婢伝五稜郭」 は女の復讐激です。

 江戸幕府残党混成の榎本軍に付き添い、高松凌雲が開設した箱館医学所の分院が弁天町の高龍寺にあった。 医師3人と看護婦2人、負傷兵30人が加療を受けていた。
 「端女、出ろ。お前も死ぬことになるぞ」 と乱入してきた京都政府軍の荒くれに武器も持たぬ男達が全員屠殺されたのであった。
 そして、愛する男を殺された女の復讐が始まるのである。

 氏の蝦夷シリーズ「五稜郭残党伝」「黒頭巾旋風録」に続いての作品です。
 氏独特の史実1行から膨らませた小説はどれを読んでもおもしろい。


  「夜明けの雷鳴」 は医師・高松凌雲の一代記です。

 江戸幕府はパリ万博出展のため、徳川慶喜の将軍名代として弟の昭武を派遣することにした。その随員として高松凌雲が選ばれたのである。
 時に31歳の春だった。
 パリ滞在中は西洋医学を学び、外科解剖にも立ち会い先進医学を身につけたのである。
 しかし、将軍慶喜の大政奉還により帰国。彰義隊決起の戦闘から戊辰戦争を経て仙台へ。いわゆる従軍医師よろしく蝦夷まで流れたのであった。
 箱館では病院を創り、手狭になった本院のほかに分院を始めたのだがその分院全員が殺されたのであった。 (この分院事件が「婢伝五稜郭」である)
 本院は幸い分別ある将兵隊乱入だったため無抵抗の一同は無事何事も起こらなかったのである。
 江戸に着いた高松には特なるお咎めもなく、むしろ官医の誘いすらきたのである。 しかし、明治政府からの禄は潔しとせず、民間病院の開設・発展を目指したのである。
 特にフランスで見聞した「神の館」を手本に寄付を募り民間救護医療ネットワーク「同愛会」を立ち上げ、庶民貧民医療に徹し専念してゆくのであった。

 推薦され東京医師会の代表にもなった。

 明治43年8月10日の東京集中豪雨の大混乱の中、同愛社は水災臨時救療所を多数を設け、診療回数587回、患者数13838名という報告が本社に寄せられた。 (こんな細かい資料の記述こそ吉村氏らしい小説でした)

 大正5年10月12日、家族に見守られながら死去した。81歳であった。


 退屈な夜勤の時間も楽しく過ごせました。 さて、次なる・・・


 当然、佐々木譲氏の「武揚伝」を読みたいが。・・・

 死地を求めて参加した新撰組・土方歳三始めとする幕府残党の混成部隊をまとめ、蝦夷開発に燃えていた榎本が意図も簡単に降伏した背景には高松の講和仲介があったことも今回知りました。

 榎本は変節漢です。
 明治政府の判官として仕え、北海道開拓使に四等出仕から、駐露特命全権公使となり、樺太・千島交換条約を締結した。逓信・文部・外務・農商務大臣を歴任した。死亡時は枢密顧問官となり、正二位・勲一等旭日桐花大綬章勲まで受けています。
 彼の生涯において箱館戦争はなんだったのであろうか?
 たぶん新しい日本を創る心意気に生涯を捧げた男であったのだろう。


 「右翼と左翼・鷹派と鳩派」の主義主張が全く異なれど「国に殉する志」を貫く政治家が今の日本に何人いるであろうか・・・・・




 11月1日「イイワイの日」に始まり「イイオッサンの日」「イイフウフの日」「イイニィサンの日」と続き「イイシロ創ろうの日」 ウン?11月46日ってナニ?

   懐メロデッセ  

 現残する江戸時代の天守閣は松本城・犬山城・彦根城・姫路城の国宝4城を含め12城。それ以外は戦後のコンクリート製が主流です。

 1612年完成した名古屋城は1945年の米軍の空襲で焼失、59年に再建。
 名古屋市長がぶち上げた「木造への建て換え」で本物を取り戻そうスローガンです。現在150億をかけて木造本丸御殿復元中であり、342億の追加で天守閣の建て直しで観光の目玉にしたいとの思惑があるそうな。

 ねぇ、名古屋のuwanosora443さんどう思います? オイラは御殿や天守閣よりも御深井(おふけ)池の蓮復活(全滅記事はコチラをクリック)を望むのだが・・・

 行政だけでなく、地域住民からも「本物を」の声が上がる。
 ういろう発祥の地・小田原の有志が木造化構想を語っています。総予算50億程度の4割を寄付で賄いたいそうだ。

 夢を語ることは良いことだ。
 でもね、不況だ選挙だ。と世知がない世において、夢に希望を託すにしては無駄と思える金額の大風呂敷に「やっぱり日本は金持ち」の国なんだ。とオイラは感じました。

 その日本にはズバリ「金持会」なるハイソサエティーの特定メンバーだけが入会できる組織が存在します。 今春、ミャンマーに訪問し歓迎会で「ひとつ出たほいのよさほいのー」と歌いだしたメンバーもいたそうな。まぁ言葉の意味は通じないが酒脱の歌はノリで大盛り上がりだったそうな。
 
 この会ならガジりに行っても寄付に応じてもらえそうだが・・・

 しかし、「金持会」は「かもちかい」と読み、鳥取県西部山間部出身者の集まりで故郷日野市の金持(かもち)神社に由来してます。
 ちなみに、この神社は吾妻鏡にも登場するタタラの神様を祭っています。
 決して「かねもち会」ではありません。 と語る安田日本弁当振興協会会長。



 ある化学者の念仏です。
 「水ヘリベホウタンチッサン、フッネカリカルスガンジウム・・・」
 マセタガキは、「ふっくらぶらじゃ~愛の後  F Cl Br I At 」
 「変なね~ちゃんあれ狂ってSEX乱発  He Ne Ar Kr Xe Rn 」

     久々のネコカラ  


 東京ディズニーランドで風船の発売が休止になっているという話があった。理由はヘリウムガス不足で、なんでもアメリカの採掘設備の故障が原因で全量輸入に頼る日本を脅かしているそうな。
 たかが風船とあなどるなかれ。
 金属溶接や消火器の蓄圧用に使われ、例の甲高い音色の奇妙な声が出るパーティーグッツが消えてドナルドダックが泣いている。
 特に液体ヘリウム不足はNMRやMRIの医療現場に深刻なのである。

 ヘリウムに代わる合成ガスや代替ガスはコスト面からほとんど研究がなされなかったと云うから不思議と云うより呆れる話です。
 ヘリウム使用以前は水素を使っていたが。

  過去の怖ろしい爆発 

 でも水素爆発というと、、、福島原発事故を思い起こさせてしまう・・・・・

 ならば、安全な水素使用装置を開発すればいいではないか?

 そんな単純な問題でもなさそうなのである。

 てなことを書きながらオイラは十年以上前のフロンガスを思い出した。
 オゾン層破壊の主たる原因のフロン使用禁止で地球体の存亡は防げたのであろうか? マスコミネタにもならずその危機は遠のいた?のかなー


 木喰さんは和歌もたしなみ読んでます。 
 その数600首余が残っています。
 和歌と云うより「ご詠歌」といった方が適切かもしれません。

 まずは、御釈迦様に手を合わせ対坐してみれば。
  『釈尊の 教えの道に 六道を 迷わぬものは 確かなりけり』
 そして、権威を背景にした高僧に向けて。
  『袈裟(けさ)衣 ひかり輝く 大和尚 裸になれば ひからざりけり』
 また、びんずる尊者さんには。
  『東西や 南に北(来た)る 人々に なでさすられて びんずる尊者』

 衆生済度の難しさを嘆き。
  『木喰の 衆生済度は なにやらむ ただ堪忍が修行なりけり』
  『木喰の 衆生済度の 一念は 身の困難も いとはざりけり』

 でもね、こころまるくまん丸に。
  『わが心 濁せば濁る 澄めば澄む 澄むも濁るも 心なりけり』
  『丸々と まるめまるめよ わが心 まん丸まるく まるくまん丸』
  『みな人の 心をまるく まん丸に どこもかしこも まるくまん丸』


 時には。    『この槌は おこるあたまを ひとうちよ
             いけんはいらぬ これがちかみち』

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 しかし、自虐/自省も数多く遺してます。
  『木喰も 悟りのまねか あほうもの よくよくみれば ばかのこんげん』
  『木喰は 書物は読めず 字は書けず いつも恥辱を 恥のかきやり』
  『木喰の はだかの姿 ながむれば 蚤(のみ)や虱(しらみ)の 餌食なりけり』
  『木喰も 道には迷う 腹は減る 今宵はここに からの断食』
  『木喰も 悟りてみれば なま悟り 煮えたもあれば 煮えぬのもあり』

  『いつまでか はての知れざる 旅の空 いづくの誰と 問う人もなし』
  『木喰も いずくのはての 行き倒れ 犬かからすの 餌食なりけり』


 木喰上人は、文化7年6月5日(1810年7月6日)、93歳でこの世を去ったことになっている。 最期の地は、木喰戎を受けた水戸の羅漢寺ではなかったかと言われているが、確証はないそうだ。

 旅の空の元、行き倒れで亡くなった。 とオイラは解釈したい。



   木喰さんを紹介した15分のドキュメンタリーです。





    福岡の仙崖和尚さん同様に魅力ある先人に想いがはせました。
    来月、上野の国搏で「円空仏」展が開かれるが行って見たい。



2012.11.24  木喰巡礼記
    宇崎竜童 「相聞歌」  
今日は長くなりますので上のBGMを聴きながら読んでいただけると幸いです。



 柏崎市の郊外にある寺ふたつを巡ってきました。
 まずは西山町長嶺・西光寺の「十二神将」です。
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 本尊薬師如来を護る守護神達12体を彫ったのは文化2年(1805)6月21日から27日の7日間でした。
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 『?』7日で12体? 弟子がいたとしても彫れるものでしょうか?
 疑問・懐疑はべつとしても脅威的創作です。

 木喰仏の多くはその背面に製作年月日が書かれているのです。
 中央に梵字の薬師如来様を表す一文字「ベイ」。「十二神天一自在法門」あるいは「薬師如来」。右には「日本センダイノ内」、その脇に「天下和順作」。「十二神」左には「日月清明木喰」、その左に「五行明満」、その下に「花押」。左に「八十八才花押」 と書いてあるのである。
 ・・・当然、凡人のオイラには読めません。 手作りカラーコピーパンフレットからの転用です。


 海側から山側へ20㎞?の移動です。 江戸時代なら1日の歩行だったであろう道を車で小1時間。 健康の為に歩く軟弱な現代人と違い、生活の為に歩く人はエライ。 と云うよりそれしか手段方法がなく、「エライ」よりも当たり前の日常がそこにあった。
 当たり前の日常を送れない「現代」はどこかおかしい。と感じる今日この頃。


 てな「こと」を思いつつ、西之入・安住寺の「三十三観音仏」です。
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 壮観でした。5年前の地震では倒れたが本堂にも特なる被害がなかったそうでした。 (オイラの実家は全壊し母は下敷きの九死から生還した)
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 触っても動かしても良いとのことで、光背の裏側を撮りました。
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 住職さんからおもしろい話を聞きました。
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 この33体の1体を除いて他のすべての顔が「気に入らない」と後日当時の住職によって微妙に彫りなおされた。そうです。
 聞いた時には「罰当たりな」と思いましたが、
 「うんいいんだ。仏様と後生大事に祀り上げるよりも彫師の職人と寺に泊めてあげた住職の対等なる信頼関係がなせた仕業なのだ」
 と、気付いたのである。 そんな身近さゆえの木喰仏さまたちなのである。

 でも、手を加えなかった1体を探しましたが見つかりませんでした。 教えてくれると言う住職を遮り、『謎』のまま帰路に着きました。



                      明日も木喰さんが続きますが4649
 還暦を過ぎてから彫り始めたと云う木喰さんの微笑仏は700体とも?
 その4割が越後の国にあり、10%の70体が柏崎に存在します。
 お寺や個人所有や地域有志によって管理され、事前連絡で見れます。

 まずは市内の十王堂です。 御堂は5年前の地震で崩壊し消滅。
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 道教や仏教で、地獄において亡者の審判を行う10尊の、いわゆる裁判官的な尊格である十王さんが閻魔様を中心に7体 (3体は市立博物館へ出張中)

 歯が欠けてます ennma001.png 地震後の撮影です
 身近な信仰仏のため特なる本格ライティング高解析写真はなかったらしい。

 特筆するは撮影可であり、自由に触れてもいいそうです。
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 おびんずるさん(頻頭慮尊者)は触っての効用仏さんですので感激です。

 八十八の春をここで迎えた木喰さんは自祝の歌を読みました。

   もくじきの身ははちぼくやあけのはる
   おもしろさふな ぎよけいなりけり

 自画像版画を彫り配った天満宮の実物は現地へ行って見なはれ。


 ほかの木喰さん情報は下記でお調べください。
   新潟県公式観光ガイド・木喰仏・柏崎サイト
   柏崎:木喰上人遺作所在地
   「にいがた木喰倶楽部」スマイル木喰ブログ

      で、オイラの木喰さんレポートは明日へと続くnoda