2013.04.30  永遠のゼロ
 当たり前のように過ぎてゆくGWの休日にも関係なく夜勤です。
 「日本国閣僚の靖国神社参拝に非難の声続く」なんてカンケー無い。
 「主権回復記念日」? 「屈辱の日」のほうがシックリくるが・・・
 北方4島返還と竹島の韓国軍不法占拠が解決するまでは「戦後は来ない」 


     

        赤い火の川
        地の果てから来たのさ
        出来るだけ遠くへ
        さぁ 逃げなさい
        あなたをも巻き込んで海へ
        力尽きるまで流れて
        赤い火の川となった私を
        海が止めてくれるでしょう

 小谷美紗子さん。知る人ぞ知る、ピアニスト・ボーカリスト。
 この方はともかく強烈です!良い意味で「アクが強い」
 強烈な印象を他者に植え付ける…それは時に、暴力的なほどに。心臓を杭で突かれたような。傷口をナイフで抉るような。痛みを伴う深い深い衝撃を、睨みつけるような歌とともにオイラに与えたのがもう十年以上昔のことだった。

 1976年11月4日うまれですので、36歳の女性です。
 「火の川」は単なるフラレ唄です。
 ですが、「私に残されたものは効かなくなった永遠の約束」

 百田尚樹『永遠の0』を読みたいと思いつつも未読。
 彼の『海賊とよばれた男 上下巻』『影法師』も読みたいなー

 小谷からいきなり百田への転調の説明ははぶかせていただきます。


s100_5532.jpg s100_5540.jpg
 
 アベノミクスなる経済再生?を全面的に支える無制限の量的緩和なる無制限の国債発行は単に借金の先延ばしと次世代への持ち越しではないか?  と危惧するシロウトオイラ。 目先の経済より将来の子孫へ「今は耐え忍ぼう」

 テナことに関係なく、無料の日銀・貨幣博物館へ行ってきました。

 貨幣の歴史他の常設展示では幕末の金銀為替騒動が目を引いた。
 日本国内では金:銀が1:5が海外では1:15の3倍の開きがあった。
 日本で銀を金に換え、香港あたりで金から銀に替え持ち帰る。
 そして、日本で銀を金に変えるだけで3倍になるのである。
 (ここからはオイラの歴史認識です)
 その差益に目をつけて金儲けに走った男がいた。
 男の名は亀山社中の坂本龍馬です。 もちろん、為替だけでなく武器購入も抜け目なくこなし、売り先として犬猿の薩長両藩を結びつけたのであった。
 若くして暗殺されたからこその英雄であり、もし明治を生き抜いていたら政商になっていただろう。またはその独創的先進性は時代に合わず、ひとり静かに「吠える虚人」だったかも知れない。

 もさることながら、「おかね道中記―旅で使う貨幣」がおもしろかった。

 19世紀初頭の江戸時代の旅人は道中支払いのお伊勢参りです。
  3/20  ワラジ・16文 六郷の渡し・12文
   21  小田原にて昼飯・64文
   22  箱根権現お賽銭・6文
   24  大井川の渡し・320文 (ベラボーに高くないかい?)
       天竜川の渡し・36文
       安倍川もち・25文 だんご・5文 菓子・4文
   29  尾張旅籠・200文
   30  お伊勢着。  総費用7貫。

 また、加賀藩の大名行列の1834年(天保5年)2000人規模。
 4/13江戸発から4/25金沢着。 距離119里(467km)
 金貨2025両・銀貨15貫目 総重量83kを4人担ぎの駕籠で運搬。

 博物館には似合わないガードマンがあちこちに。隠し撮りどころではありませんでした。

 OMAKE情報です。
 造幣局では平成20年より政府において、地方自治法施行60周年を記念し、“地方自治法施行60周年記念の千円銀貨と五百円バイカラー・クラッド貨幣”を発行しております。
  先日、九州・臼杵へ行った時のおつり。 s100_5586.jpg

     
 今年の目標の一つに「江戸33観音巡り」があります。
 で、先日1番札所の浅草寺へ行って来ました。
s100_5544.jpg s100_5555.jpg
 信心深いわけではありません。 江戸最古の石橋見物のついででした。
     『柳の御影』 sub_photo03.jpg

 浅草から歩いて30分くらいか? かっぱ橋道具街です。
 最近の人気もんの「かっぱ河太郎像」や合羽橋らしいグッツ店がありました。
s100_5576.jpg s100_5577.jpg

 そんな道路に面して、今時のお寺さんが2番札所「清水寺(せいすいじ)」
s100_5575.jpg s100_5571.jpg

 近所には街名にもなった「河童」を祀る曹源寺に立ち寄りです。
s100_5582.jpg s100_5581.jpg
s100_5583.jpg 牡河童のリッパな股間がうらやましい。
 本堂写真を撮るのを忘れてました。 それくらいの「信心」しか持ち合わせてないオイラの「江戸33観音巡り」でした。

 
2013.04.27  広い浅草寺
 江戸最古の石橋を見るために行った浅草寺で「大絵馬寺宝展と庭園拝観」が開かれてました。
  広い境内での五重塔とスカイツリーを収めると s100_5556.jpg

 谷文晁が描いた「神馬(じんめ)」や、巨大な「源三位頼政鵺(ぬえ)退治図」といった絵のほか、小野道風が書いたと伝えられる写経で国宝の「妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)」などが展示されていた。
PK2013032202100041_size0.jpg yokohamabijyutukan-02.jpg
 オイラの注目は歌川国芳の「一の家」です。
 横3.7m、縦2.2mの巨大な絵馬で奉納には相応しくない出刃包丁を持った恐ろしい形相姿の絵馬です。 若い妾と暮らすために古女房を殺そうとする男のワンショットか?
 しかし、これは浅草寺の子院の石枕にまつわる伝説でした。

 昔、浅茅ガ原の一軒家に老女と若い娘が住んでいた。ここを通る旅人に一夜の宿を貸しては寝静まったころに旅人の頭を石枕で叩き殺し身ぐるみはいでいた老婆がいた。こうして殺された旅人は九百九十九人になった。これをみかねた観音様は若衆に姿を変えて一軒家に泊まった。老女は例の如く夜中に旅人を殺したのだが、あけてびっくりする。死んでいたのは旅人ではなく自分の娘だった。老女は大いに嘆き悲しんで、悪行を悔やみ、大きな竜となって池の中へ消えていった。里人はこれを姥ケ池と呼んだ。

 姥ケ池と全く関係ない小堀遠州監修の回遊式庭園の公開でした。
s100_5561.jpg s100_5565.jpg
s100_5566.jpg s100_5568.jpg


 しかし、浅草寺は広いです。 「 2010.03.13  春だ、春です。」
                    「 2010.03.14  風まかせなベタ凪 」
 そして、小堀遠州の庭と云えば 「 2009.09.04  天浜線に乗って・・・」



   04kawaphoto.jpg この明治のオッサンが「能」が好きで舞ったそうな。
 
 男の名は河鍋暁斎。幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師。
 7才で歌川国芳に入門。 今で言う英才教育か?
 9才時、少年の素行を心配した父により狩野派の絵師に再入門。
 19才、秋元藩の絵師の養子になるが遊興がたたって、縁組解消。
 26才、江戸琳派の絵師鈴木其一の次女お清と結婚、絵師として独立するとともに父の希望で河鍋姓を継ぐ。
 35才の1868年に明治政府誕生なれど、江戸徳川シンパの「漢」だった。


 オイラの好きな河鍋暁斎氏の展示会が三井記念美術館で開かれていた。
 武家の素養のひとつである能・狂言を身に付け、舞台や世界を愛好した彼の下絵を含めたユニークな作品展であった。
    まぁ、展示会の説明や作品は公式HPをご覧下さい。

 「浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)」をご存知ですか?
 地獄を守護する閻魔が亡者の裁判で亡者の善悪の見極めに使用する水晶製の鏡のことです。

     160px-Kawanabe_Kyosai_EnmaToJigokudayu-zu.jpg  『閻魔と地獄太夫図』
 
 浄玻璃鏡を覗き込む閻魔さんとこの世の春を謳歌する太夫の対比はそれなりに迫力というか意図はわかります。 しかし、彼が描く世界においてはこんな見方も。  オイラはこのユニークさが好きなのである。

     tumblr_mdlbjdF3jS1r3qv9to1_500.jpg

     jennma.jpg
     
 『名鏡倭魂』  鍛えられた大和鏡の霊力が、妖怪達を追い払っている。
feea2148-s.jpg
追い払われる妖怪は洋服や靴を身に着けているのがわかりますか? 急速に西洋化する明治の世の中を風刺した作品なのであろう。

 単なる西洋化排斥を叫ぶオヤジではなかった。
 イソッフ物語の擬人戯画を書いたり、漂流奇譚西洋劇も描いている。
 東京駅設計士:辰野金吾の師匠であるジョサイア・コンドルを弟子門下生として交流していました。 岡倉天心・フェノロサに東京美術学校の教授を依頼されたが、果たせずに明治22年(1889年)胃癌のため逝去。58歳であった。


 オイラの放浪・浪費が止まりません。 ついついこんなチケットも購入。
          kyousainou.jpg
                    6月1日は狂言鑑賞デビューでっセー


2013.04.25  橋・端の話
 一休さんのトンチです。 「この橋渡るな!」と声を掛けられた。
 でも、渡りきりました。 どんな方法でわたったのでしょうか?
 小学生1・2年生用の簡単初級レベルです。


  「鶴の舞橋」  成世昌平

 青森・岩木山の雄大な山影を湖面に美しく映す津軽富士見湖に優美な姿を映す鶴の舞橋があります。  (写真はありません。動画で眺めてください)
 平成6年に完成した全長300m幅3mの伸びやかなアーチが美しい三連の太鼓橋です。 青森県産「ひば」の丸太3千本・板材3千枚(4LDKだと約30棟)を使用した立派な橋です。


 甲州街道の山梨県大月市ある桂川に架かる刎橋「猿橋」です。
 刎橋(はねばし)とは、岸の岩盤に穴を開けて刎ね木を斜めに差込み、刎ね木を重ねた上に、橋桁が載せら橋脚を立てずに架橋する工法。
 こちらは江戸時代に造られ、木造では唯一現存する刎橋です。
  240px-Saruhashi_-02.jpg  hikaku001.jpg
 歌川広重も天保12年(1841年)に大型錦絵「甲陽猿橋図」を手がけている。
 なれど、真似と想作の多い広重は実際の光景を見て描いたのだろうか?


 桂川といえば、京都・渡月橋が有名ですが、平成17年にサイフォン式プロペラ水車を利用して落差:1.74mの水力発電での常夜灯の設置がなされてます。
imagesCAKJNYMU.jpg imagesCAY188XV.jpg
 

 ライトアップと云えば、足立区荒川に2002年12月25日開通した「五色桜大橋」の存在を初めて知りました。 ・・・知らなかったー
img_187440_2248813_1.jpg 74955616_624_v1365707427.jpg
 首都高を走るクルマの振動エネルギーで発電し、イルミネーションする。
 その効率や性能までは調べきれなかったが実用化が待ち遠しいですね。
 
   と、最後は「桜」に行き着きましたが来年の桜が待ちどおしいです。
   で、一休さんは「端ではなく真ん中を堂々と歩いて渡った」のでした。



   昭和32年 「東京だョおっ母さん」 


 東京の三大石橋を考えてみた。 日本橋・二重橋・聖橋が浮かんだ。

 しかし「二重橋」とは正しくは奥の正門鉄橋の呼称である。 そうだ。
 鉄橋に掛け替えられる前の木造橋時代に橋桁が上下二段であったことから「二重橋」と呼ばれるようになった。 手前の石橋は明治20年の建造であり二重アーチ構造であることから「この石橋が二重橋である」との誤認が多い。
 知ってましたか? オイラは今回初めて知りました。

 御茶ノ水駅にある「聖橋」は鉄筋コンクリート製で放物線を描くアーチ橋。
 関東大震災後の震災復興橋梁の1つで、昭和2年(1927年)に造られました。

 と云うことで、改めて思い浮かべたら、日本橋のとなりにあったように?
 で行ってみたら、「皿」と「石」の二つの「ときわはし」がありました。
 「般に皿または石」 つまり、常盤橋と常磐橋が存在してました。

 まずは、皿の常盤橋です。 
s100_5516.jpg s100_5519.jpg
s100_5494.jpg s100_5496.jpg

 東京都千代田区大手町と中央区日本橋本石町との間の日本橋川にかかる橋。現在は上流にある人通専用の旧橋を常磐橋、その後造られた新橋を常盤橋と称する。

 江戸時代町人街と城内を分ける見附門として常磐御門が有り其処に架けられた木造の橋を常磐橋と呼びました。そして明治になり枡形門が撤去された時にその組み石を利用して架けられたのがこの橋です。 ですが。
    tokiwaisi01.jpg
 老朽化? 地震? 雷? 家事オヤジ?  ただいま、修復工事中でした。
s100_5522.jpg s100_5526.jpg
s100_5531.jpg s100_5527.jpg

 そして、江戸最古の石橋を求め浅草寺へ足を延ばしました。
s100_5546.jpg s100_5548.jpg
s100_5550.jpg s100_5552.jpg
 元和四年(1618年)浅草寺に東照宮(現存せず)が造営された際、参詣のための神橋として造られたものである。


 鹿児島での石橋巡りが雨と肌寒さで中途半端だったことが心残りであり、チト「橋」にハマりそうです。


 
  休暇中、気になっていた例のシクラメンです。
   画像-0027  気ままに成長中。



 やっぱり、2日連続の夜勤は疲れます。 まぁ、G3であるのでしかたない。
 西日本・関東地方の桜は散ってしまったが北国はこれからでしょう。
 心待ちにしている人も多いでしょう。 たっぷり、堪能してくだされー

 早過ぎた今年の桜に翻弄させられ、中途半端なオイラは「桜」検索です。
 ・・・・・「?」・・・・・『荘川桜』・・・・・5月の連休が見頃?

 ウズク。行きたい。見たい。 が、仕事が。 ガ・ガ・ガ・が。 
 明けの8時に渋谷発荘川泊。次日の夜8時戻り。36時間で行けない可?

   syoukawa01.jpg

 高山バスセンターから荘川町までは数本のバスが走ってます。
 しかし、(地図真ん中黄色地)牧戸までは行けますが、荘川桜公園への約6kmが冬季運休でした。 でも、もう春。と調べたら、「11:13発11:22着 15:26発15:35着」1日1本のバス便がありました。(検索時間約2時間・この執念深さはナンダ?)

 弁当持参で4時間の滞在・観賞。  いいねぇ( ・∀・) イイネ!
 しかし、牧戸へ11時に着いて16時発を逆算すると。2泊3日。
 ・・・・・ムリ・・・・・ダメ・・・・・無理だ。 諦めるか。

 ベストに行けたらこんな「荘川桜」が観れるはずなのだが・・・
syoukawa04.jpg syoukawa03.jpg
 (相変わらず他人様の無断使用なのだが、人はどう消しているのだろうか?)

 諦めきれないオイラは開花予想も調べてみたら。
   syoukawa02.jpg
 今年は早いと思っていたが桜吹雪が連休明けの5月8日ではないか?

 オイラの勤務スケジュールが7日勤務で8日朝明けの10日の夜勤。
 であるから、8日移動して9日に桜を堪能して10日に帰ってくる。

 バンザーイ! 行けるゾ観れるゼ   でも、お金がー
 新幹線等交通費が3万、宿泊が2万。 約5万も必要でないかい?
 高速バスでも移動を含め2万、この時期野宿すると、死んじゃうなー

 どうする遊助。考えろ遊助。 いつもの他人様を巻き込むパターンがある。
 と云うことで、知恵を絞るオイラであった。 さて、どんな計画になるやら。



2013.04.22  PARADISE
 月曜が憂鬱なブルーマンディーであるみなさんへ元気ソングです。
  (特に名古屋のUさん、画像に大きなハートが現れますよ)

     

               吉永光里さんのバラード「STAY」はここをクリック

 
 ブルーインパルス(BlueImpulse)は航空自衛隊松島基地第4航空団第11飛行隊所属の曲技飛行隊です。
 2011年3月11日 東日本大震災による津波被害のため松島基地所属の航空機は壊滅的被害を受けたが、ブルーインパルスは保有する9機のうち、6機が翌日の九州新幹線全通を祝う編隊通過飛行のため芦屋基地に移動、2機がメーカーでの整備に出されていたため、被害を受けたのは1機のみであった。
 2013年3月31日、松島基地でブルーインパルスの帰還式が開かれた。ブルーインパルスは震災以来、拠点としていた芦屋基地を離れ、2年ぶりに松島基地へと戻った。

 松島基地のある東松島市矢本の住民の要請と相まって無事帰還しました。
 8月24・25日には華麗なる展示飛行ショーのフライトが予定されてます。

 騒音他の諸問題がある中、JSDFの広報活動に邁進しております。

 ところで、「JSDF」って何の略かご存知ですか?
 Japan Self-Defense Forces  つまり、Self-Defense(護身・自衛)のForces(力・強さ)であり、Army(軍隊)ではありません。

 憲法9条と国防が揺れてます。個人の意見をしっかり持ちたいものです。
 と月曜から重くなりましたがオイラと吉永光里の出会い秘話(?)は・・・



2013.04.21  無題

 画像-0016  2013040307464652c.jpg

   拝啓、美紀さま。
   お寿司、美味うございました。
   蒸しカキ、美味うございました。
   カツオの刺身と煮付け、美味うございました。
   サワラの白身天婦羅、美味うございました。

 と、改めてブログにてのお礼もなんですがネタにさせていただきました。
 に、しても。
 「美味うございました。」の繰り返しの韻律をなしてゐる単純な迷文を知らない世代が増えてます。 ヒョットするとアナタも思い当たる男が浮かばないかも?


 てなことに関係なく、男3人のログハウス宿泊記です。
s100_4132.jpg s100_4133.jpg
 藤沢のS氏と富士宮のM氏とオイラで先月下旬に富士巡りでした。
s100_4120.jpg 100_4112.jpg

   春霞の傘富士ならぬ笠太陽 100_4140.jpg

 オイラのデジカメ性能では「春霞」が表現できぬ為こんな加工をしてみた。

fuji328001.png

fuji328002.png

fuji328004.png

fuji328005.png

fuji328007.png

fuji328008.png

fuji328009.png

 まぁ、どんな写真であろうと、「富士と桜」は加工しなくても『絵』になる素材ですが自己満足のワンショットが撮れずに落ち込むばかりです。