2015.05.31  舞楽図屏風
 昨夜、テレ東で俵屋宗達の「舞楽図屏風」を取り上げ放送されていた。

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 まずは、作者不明の「舞楽全目録図」なる屏風があった。 そうだ。
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 宗達は金箔の余白たっぷりに五演目の舞を描いてます。
 配置・色彩・視線に注目し、右下29.5度の斜め線から解説が始まった。
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 そして、白・緑・赤・群青に色分けされた舞子の目線がグルリと一周するように仕掛けられていたのである。
 また、右下の楽屋から響く音楽にのって、視線がやがて左上へ。 そこには老木の松と黄緑花の桜の木。

 やっぱり琳派・宗達は“ズゴイ”を実感した30分であった。


 その部分図アップのクリアファイルが京都・便利堂で売ってました。
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2015.05.30  29イネー
 昨日、29(ニク)の日とステーキ半額店に行って来た。
 駅から歩15分とチト離れている昔からの洋食屋さんです。
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 半ポンドステーキが1200円。食後の一服が楽しめる親切な店だった。

 腹ごなしのブラブラ散歩でいつものようにシャッターを押しました。
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2015.05.29  JFK
 もう3週間以上前ですが、北の丸公園3番2号の国立公文書館です。
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 ジョン・フィッツジェラルド・ケネディは1961年1月20日に第35代アメリカ合衆国大統領に就任し、在任中の1963年11月22日にテキサス州ダラス市で暗殺された。 

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 公文書館らしい資料と共に彼の功績生涯が展示されてました。


 アメリカは、公文書を全て50年後に公開する制度が明確に確立してます。  ちなみに、大東亜戦争の資料(日本を落とし入れる為の)も現在アメリカの公文書館で万人に公開されているようです。

 暗殺の真相はナゾのままですが、CIA説・オズワルド単独犯行説・暗黒街の刺客説など様々な説が出ました。 特に軍部タカ派とジョンソン副大統領の共謀説は今も信じられています。
 そんなナゾをオリバー・ストーン監督が独自の説に基づき創った映画『JFK』は1991年だった。180分の長い映画だった記憶ある。

 ケネディ暗殺後の1963年にウォーレン委員会というケネディ暗殺についてのアメリカ政府の公式調査委員会が作られて翌年の1964年に報告書を提出しています。それはアメリカ政府の公式見解としてはケネディ暗殺は「オズワルドの単独犯行によるものである」と結論づけているのですが、このケネディ暗殺についての証拠資料は50年ではなく75年後の2039年に公開するということになったようです。
 ・・・オイラも冥途で読むことになるのだろうか?
 なぜそんな先のことに決めたのかというと、75年も先ならケネディ暗殺は「歴史上の出来事」になっていてリアルタイムで知る人が誰もいないからです。つまり、生きてるうちに情報を公開されちゃ困る人がいるってことですね。
 しかし、どんな事実が出ようと驚くことはありません。 むしろ、そこまで捜査調査しようとも、逮捕出来なかった又はしなかった深層をジャーナリストが暴いてくれることでしょう。


 1917年5月29日が誕生日です。 生きていれば98歳ですね。



2015.05.28  E・ボイド
   今日の1曲プラスワン  


 今週の月曜にEddie Boyd - Blue Monday Blues (エディ・ボイド - 憂鬱な月曜日ブルース)をネタアップしました。
 一念発起して、彼の「Blue Monday Blues」の歌詞を和訳したいと原文を探しましたが横文字だらけで見つけることができませんでした。


 From Wikipedia, the free encyclopedia/ウィキペディア(無料の百科事典)から   (Wiki英語版をYahooの直訳をそのままコピペしたのでおかしな日本語はご了承ください)

 E・ボイドと呼ばれているエドワード・ライリー・ボイド(1914年11月25日 – 1994年7月13日)、はアメリカのブルース・ピアニストでした。彼は、の近くで、ストーバルのプランテーションで生まれました。
 ボイドは、メンフィス、彼がグループとともにピアノとギターを演奏した1936年のテネシー、ディクシー・リズム・ボイズのビール通り地区へ引っ越しました。
 彼は、歌「長い5年」(1952)、「24時間」(1953)と「第三度」(ウィリー・ディクソン(また、1953)によって、共同書かれる)を書いて、記録しました。ボイドは、彼が後で旅行して、フリートウッド・マックとジョン・メイオールとBluesbreakersで記録したアメリカの民俗音楽サッカー日本代表Festival(サッカー日本代表フェステバル?調べましたがよく判りませんでした)の一部として、1965年にバディ・ガイのバンドとともにヨーロッパを旅行しました。
 彼がアメリカ合衆国に感じた人種差別にあきて、彼は、オランダのバンドとともにCubyとブリザードを記録したベルギーへ、最初に引っ越しました。彼は、ヘルシンキ、1970年のフィンランド、彼が10のブルース記録を記録した、最初にヘルシンキ(1970)への賞賛であること際に落ちつきました。彼は、1977年に妻(ライラ)と結婚しました。
 エリック・クラプトンがボイドの「長い5年/Five Long Years」と「第三度/Third Degree」を含んだ「From the Cradle」チャート-トッピング・ブルース・アルバムを発売する数ヵ月前の1994年7月13日に死にました。


 ウンンン? エリック・クラプトン? アルバム『From the Cradle』の検索です。
 見つけたYouTubeを貼り付けてみた。

  



2015.05.27  桎梏
 先日、NHKの番組に市原悦子さんがゲストで出演していた。
 「まんが日本昔話」のナレーションを務めた思い出話に話題がおよび、一番好きな話は「山姥(やまんば)」だとし、「私のやまんばの解釈は世の中から外れた人。たとえば『かたわ』になった人、人減らしで捨てられた人、外国から来た『毛唐』でバケモノだと言われた人」と発言。 世間から疎外され、山に住んでいた人たちが「やまんばの原点」になったと思うと説明した。 
 ヤマンバのキャラクターが「魅力的で大好き」な理由について、「彼らは反骨精神と憎しみがあって他人への攻撃がすごい。そのかわり心を通じた人とはこよなく手をつないでいく。その極端さが好き」と笑顔で語った。

  「さきほどのコーナーで『かたわ』『毛唐』という発言がありました。体の不自由な方、外国人の方を傷つける言い方でした。深くお詫びします」なると謝罪アナウンスが流れました。

 この画一的対応のアナウンスには言葉狩り・放送禁止用語なる自ら「表現の自由」を放棄するNHKらしい放送人の自覚人格を疑うのはオイラだけでしょうか・・・


 話題が突然飛びます。
 先日、香川県の地方裁判所で「おかしな裁判の判決」が出ました。
 15歳の少年にタバコを売ったとしてコンビニの店員が逮捕され10万円の罰金刑が言い渡されたのである。 同店は年齢確認システムを導入していたとして無罪だった。
 被告検察とともに控訴。 高裁で二審の争いが係争中だそうだ。

 おかしな裁判と云うより、逮捕に至る経緯が知りたく、検索しましたが出てきませんでした。
 思うに、店や店員と警察官の間に別のトラブルがあったのではないか?と想像するが、職権乱用の言いがかり的イヤガラセ不当逮捕ではなかろうか・・・


 オイラは数年前、月一で20回くらいひとつの裁判の行方を見届けようと通ったことが有りますが、粛々と行われる警察検察の馴れ合い裁判ほど被告にとっての茶番劇が人生をも狂わせることを知っているのであろうか?
 知りつつも冤罪を押しつける国家権力をオイラは許さない。 (と言ってもなにも出来ないが)


 朝早く目覚めた時間の「桎梏の時」が白み始めました。



2015.05.27  新カメ②
 歩道の店舗の所有地の境目です。 暗部補正機能はどのポジションだ?
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 ノーマルオートで寄ってみましたが、いろんなモノが落ちていました。

 さて、肝心のズーム画角です。
   sP5220036.jpg  26㎜広角ワイド。
   sP5220033.jpg  5倍の130㎜。
   sP5220035.jpg  デジズーの260㎜。

 当たり前のように使っていた前機に比べ、物足りなさがある。
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 今年の春先に撮ったダイア富士を参考に貼りつけてみたが今後はどうなるであろうか・・・


2015.05.26  新カメ出動
 梅雨入り宣言が聞こえ出した今日この頃、お元気ですか?
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 無手入れに咲く桜と思いきや来年に備えてスッキリしました。

 キャッツテールと思われるカワイイ花です。
 “キマグレ”なる花言葉が気に入ってます。
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 1㎝マクロで寄ってみましたが解像度もバツグンです。
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 絞を変えて、周辺のボケ具合もごらんのような仕上がりです。
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 今までのデジカメならば左位のボケ具合が開放1.8レンズならば右のようにもう一段ボケが深まる?浅くなります。  ウン、絞りに特化したテストも試みたいもんだ。

   (注)キャッツテールは草系でこれは木ですので名が違いますね?

 空は夏雲。 ヤマボウシの四弁は花びらではありません。
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 ミズキ科の木で、ハナミスキの兄弟親戚です。 ちなみにハナミズキは和名をアメリカヤマボウシだそうです。
    枯れ始めの花のドアップです。5200902.jpg

 次はシャッタースピード1/2000秒のチェックです。 どんな世界かな?



2015.05.25  BlueMonday
 先週の日曜日にガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を聴いてきた。
 彼の経歴の中に、「135番街」と云う全1幕のアフロ・アメリカン風オペラを作曲していました。グローフェによる再管弦楽版のタイトルは「ブルー・マンデー・ブルース」 なる記述がWikiに載っていました。


 Eddie Boyd - Blue Monday Blues (エディ・ボイド - 憂鬱な月曜日ブルース)
          

 この曲がガーシュインの原曲アレンジなのか? グローフェの楽曲なのか?  たぶん、全く関係ない同一タイトル曲でないか?と思われるがブログネタにアップしてみました。


 ネェー 月曜がブルーマンディーと書く名古屋のOさんへ「この横文字歌詞を訳してくれませんか」無茶振りです。 はたしてコメントはあるか? 多分、無視されて終わりでしょう。
 でも、元気してますかー    と蛇足文を書いてみました。



 「スタバは無いがスナバ(砂場/鳥取砂丘)が有る」
 なる迷言がひとり歩きしていた鳥取県にスターバックスコーヒー店がオープンしました。 一番乗りした人が注文したのはナンタラストロベリーでした。  そんなニュースが流れていた。


 なにげなくラーメン屋に入りました。 ミソラーメンを注文した。
 お盆にのって運ばれてきた。 レンゲが添えられていた。
 箸で麺をほぐし、レンゲで熱いスープから一掬いして口へ入れた。
 普通にウマかった。 でも、脳内で覚醒が・・・

 レンゲは便利です。上品でおいしく適温に冷まして召し上がれます。
 しかし、しかしだが。
 日本には古来(どのくらいからかは知らん)から器を持って口に近づけ、食べる食習慣文化があった(過去形でなく継続中)。 御膳にのった会席や御重から小分けに摂る花見弁当まで。蕎麦ウドンの啜る食べ方やお茶漬け牛丼などのブっこむカキコミ食まで。
 世界に広がる“和”食の食べ方作法の原点の側面はどこへいった?

 国民食となったラーメンを中華風レンゲですすり、他国スパイスを使ったカレーライスはカヤク飯・チラシ寿司とは全く異なるのである。

 ミソスープ? てあんでぃー何言っとるばい。
 1杯の“味噌汁”を“オミヲツケ”と言って『御御御付』なる丁寧最上語を重ねている“和の食文化”は奥が深いのである。

 そんな線香花火のような「時言(日本語には無い造語当て字)」が脳内で光弾ける中、オイラはレンゲを置いて器を両手でしっかり抱え口を付けた。
 鼻先数センチ鼻腔に香りが広がる。 至高の瞬間である。

 ブツブツ独り言を口にしたわけではないが、相変わらずのツブヤキボヤキをささやいてみた。


   OMAKE  オイラの流儀
    2008.01.29  「?」と「!」のはざまにて
    2009.12.17  皿盛りと丼考察



2015.05.23  FBF
 オイラは電話とメールのガラケーです。 パソコンも検索とブログを書くだけのオールド世代です。
 2010年頃から飛躍した原則実名記入のSNSやイマドコ?TwitterやLINEなどスマホなる携帯の存在は知ってはいるが埒外無縁の生活を送ってます。
 取りあえず不自由も感じず「これでいいのだ」と満足な生活を送ってます。

 「FBF」ってナンダ? 知ってますか?
 Facebookfriend→世界最大級のSNS登録内における友人。と解釈するが。


 オイラは2001年3月まで約7年間2500日間ほぼ無休で六本木で珈琲屋を営んでいた。 大げさには港区を出たこともなかった。
 席数20のコーヒーオンリー店で日100人の来客を想定していたが常連曰く「この店の居心地の良さは店主の空間で有って決して客を“もてなす”からは遠い」とも言われた。
 ですが、数少ない常連客に支えられ営業することができた。
 しかし、ある日突然予告も無く閉鎖。閉店の案内チラシすらドアーに貼らず、蒸発してしまったのだ。
 
 ゴク数人との連絡の中に、オイラブログでも顔出し登場の渋谷・芙蓉姫がいるのである。 もう20年近くになろうか・・・


 そんな彼女も普通?のOLおばさんになり、携帯もスマホに換えもう数年。
 Facebookで珈琲屋時代の常連と思われる人物に巡り会い連絡をとるうちに「近々マスターとも食事しましょう」と相成り、十数年ぶりに彼S氏と今夜ナベパーティーです。
 昔話から激動?の十数年を語り、大いに盛り上がることでしょう。


 6月上旬には同じ常連のY氏と数年ぶり会う予定です。
 両親を早くに亡くし、放浪の旅の安住地が澳門であり、結婚して息子も居る。 オイラはさながら父親か?
 時々スカイプで連絡を取っている親子が東京に暴買い?に来るそうだ。
 こちらも楽しみである。


 確かにネット社会で利便性を含め人の関係性が大きくサマ変わりしているを実感体感しているのだが、一方で様々な弊害も乗じてます。
 これからどんな社会変化を迎えるのでしょうか・・・ 楽しみですね。