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2020.07.29  ニクいねー
 「9の付く日は肉の日」なるアンチョコな幟に釣られ、ご近所ファミレスの不二家に入りました。
 日替わりランチと共に、イチゴのショートケーキを注文。
 ついでに、「苺はどこ産の品種名は?」 やおら店員が「岩手県産のスズアカネになります」との答えが返ってきました。
 そう。不二家では食材(苺だけかも知れないが)の産地等を明確に答えてくれるのである。大手では珍しいと思うのはオイラだけでしょうか?
 07年1月に発覚した消費期限切れ不祥事からの地道な復活があったのではないかと推察するが・・・

 店内は数組の親子ママ会とOLらしき女性客とコロナのせいなのかマバラでしたが、ペコちゃん人形がニッコリしておりました。


 さて、 あなたはどちらが「ウブな嘘話」と思いますか?

   「メロンパン誕生秘話」
 昭和32年 新潟のパン職人本間さんが娘の香依奈ちゃんの7才の誕生会に裏庭で採れた真桑瓜の果肉と果汁を使い、半円形に焼き上げた創作パンを出した処、子供たちに大好評であった。その「メロンパン」と名付けられた菓子バンは次の日から店頭に並び、売り切れの日が続いた。その評判は、またたく間に全国へ広がっていった。
 こんな親心と遊び心から「メロンパン」は産まれました。

   「メロンといえばアンデスメロン」
 南米アンデス原産のメロンと誰もが思うでしょうが実は日本産なのである。
 育種業者の温室栽培で突然種として生まれたギサギサメロンは見た目とは裏腹に糖度10度以上の実に甘い果肉だったのである。表面がすぺすべした瓜に慣れている当時の人々にどう売るかの営業会議で数多く出されたネー-ミングの一つに「アンシンデスメロン」があった。「安心です」のキーワードにもう一捻りと。 メロンの種を除く・・・芯は食べれない食べない・・・心を省いて「あ・ん・で・す」 
 そう、この「アンデスメロン」と名付けられた心もとない秘話を知る人は少ない。


 西瓜(スイカ)・南瓜(かぼちゃ)ですが、北瓜・東瓜にも読み方はあるのだろうか? 残念ながら有りません。

 ですが、瓜(ウリ)には、冬瓜(とうがん)・木瓜(ぼけ)・胡瓜(きゅうり)・烏瓜(からすうり)・真桑瓜(まくわうり)・隼人瓜(はやとうり)などがあります。


 両方とも有りそうながら、「メロンパン誕生秘話」が創り話でした。
 良く読んでほしい。本間さんの娘の名は「香依奈」です。本間香依奈 ・・・ホンマカイナってネ。



2020.07.25  按針
 コロナ第2波? いかがお過ごしですか?
 オイラは本箱を眺め、再読です。


 1999年7月10日 幻冬舎 発行 『航海者』 上下巻
 著者 白石一郎 (昭和6年11月9日 - 平成16年9月20日)

 大航海時代の船乗りは何を目指し求め、大海原を進んだのであろうか
 「航海することが必要だ。生きることは必要ではない。」 
 作者の書いたこの言葉が深く印象に残りました。

 オランダの東洋探検船団の一隻、リーフデ号に乗り込んだ英国人ウイリアム・アダムスは、1600年4月19日、豊後水道の臼杵に漂着した。足掛け3年の過酷な航海の果て、同船の乗組員110人は24人の生存者を数えるのみであった。航海長アダムスは天下統一をめざす家康に目をかけられ、相模国三浦郡に二百五十石の領地を与えられ、日本人の妻をめとり、三浦按針を名乗ることになる。家臣として家康を支える日々を送るなか、故郷イングランドへの思いは募るが……

 本題が「三浦按針」でなく「航海者」とした意図が理解できました。

 日本に辿り着き、日々を生きたのであるが数奇な運命を自らの手で切り開いたアダムスは平戸・横須賀などに足跡を残しました。

 そして、2019年10月25日、横須賀市の逸見にある浄土寺本堂でアダムスの400回忌法要が営まれ、徳川宗家18代当主の徳川恒孝も参列しました。

 「按針メモリアル公園」のある伊東市の温泉に浸かりたいが県跨ぎの旅行の自粛が叫ばれている中、GoToトラブルに参加することもあるまいに・・・


2020.07.24  タスイチ
 「希望が、遠くに輝いているからこそ、どんなにつらくても、前を向いて頑張れる。」
  力強いメッセージに「プラス1」の明日を迎えようではないか。

 3000億円のザハ・ハディドの案が白紙になり紆余曲折。
 そんな中、サクラをモチーフにしたデザインも幻となりました。

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 誰のデザインなのか? と調べたが調べきれませんでした。

2020.07.23  迷走
 雨が降ってます。 局地的?大雨?です。

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 見切り発車のトラベルキャンペーンで混乱してます。
 政府が迷走してます。 民は振り回されてます。 
 もはや“GoToトラブル特急”の暴走が停まりません。

 でもね。 去年の台風で崩壊した箱根湯本と強羅までの箱根登山鉄道が今日から走り出しました。



2020.07.19  オオタカ
 久々の青空です。 と云うことでオオタカに逢いに行きました。

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 しかし、子ダカは昼寝中? 親はセッセと狩りにお出かけ?

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 小一時間粘りましたがアキラメです。


2020.07.18  雨歌
 半世紀以上前、オイラが小学生だったころの出来事です。
 オヤジが小さな電動蓄音機を買ってきた。同時に一枚のレコードもー

          

 中学生になったとき、辞書片手に訳すのに悪戦苦闘していた。

          

 そして、平塚の片隅でジャニスジョプリンを大音響で聞いていた。
 巷では、『雨を見たかい』と学園紛争とベトナム戦争反対のシュプレヒコールが・・・

          

 線状降水帯が停滞してます。 雨が上がりません。
 梅雨明けのGoToトラベルまでしばし雨歌でも聞きこみましょうか。

   OMAKE
          



2020.07.17  桎梏の深度
 明かりを消した6畳間の空間に漆黒の闇が広がっております。


 「あなたの目の前に川が流れています。深さはどれくらいあるでしょう?   1 足首まで。 2 膝まで。 3 腰まで。 4 肩まで。」
 「なんだ、そりゃ」
 「考えちゃダメよ。パッと思いついた印象で答えて」

 テナ会話が書かれた福井晴敏氏の『川の深さは』の再読です。

「彼女を守る。それがおれの任務だ」、そう言う傷だらけの少年。彼をかくまった元警官は、彼との交流を進めるうちに「底なしの川」に巻き込まれていく。その中で元警官はこの国の暗部を目にしつつ、かつて持っていたが現在失っていた熱いものを取り戻していく。

 「これはね、あなたの情熱度を表してるの。足首までって答えた人は、あんまり情熱のない人。膝までは、あるにはあるけどいつも理性の方が先に立つ人。腰までは、なんにでも精力的で一生懸命、いちばんバランスの取れてる人」
 「肩まではどんな人だい?」
 「情熱過多。暴走注意、だって」
 なんとまあ。グータラの歳月にどっぶり浸かっているこのおれが、情熱過多とは。褒められて嬉しいような、そんなことで喜ぶ自分が情けないような、複雑な心境だった。 

  忘れかけていた“情熱”がおもしろかったです。 


2020.07.14  逞夢
 毎日毎日、日本列島のどこかで大雨が降っております。
 山が崩れ川が溢れ、家が流され人命が奪われてます。

 そのうち、「天が崩れ落ちてくるのではないか?」 と心配です。

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2020.07.11  黒川杯
 賭けマージャン問題で刑事告発された東京高検の黒川弘務前検事長ら4人が10日、不起訴処分となった。東京地検は4人を事情聴取するなどして捜査した結果、射幸性は特別に高くはなく「旧知の間柄での娯楽の延長線上だった」と判断した。
 東京地検の斎藤隆博次席検事は、臨時の記者会見を開催。黒川前検事長が検察幹部という身分だったことに触れ「一般人よりも処罰を重くすべきではないかとの国民感情は理解でき、重く受け止めている。ただ(処分は)法と証拠に基づき判断した」と述べた。 
              日本経済新聞 2020/7/10 21:31


 予想されていたとは言え、納得できない国民は多いだろう。 オイラもそのひとりです。
 ただ云えることは、友人知人などと月1~2回点ピン麻雀は賭け事賭博罪に当たらないと司法が判断したのです。これで堂々と♯黒川杯が開かれるということです。

 昨日も東京都内感染者224人と検体数増加とともに増えており、三密の自粛が呼びかけられており、G3は孤独を友に寂しい毎日を送っております。
 どなたか黒川ルールの麻雀大会を開きませんか? 声を掛け誘ってくだされー


2020.07.10  乱暴
 1947年7月6日生まれのジョン・ジェームズ・ランボーはベトナム戦争の心的外傷後ストレス障害を抱えながらもアリゾナの片隅で父の残した牧場で静かに暮らしていた。趣味は穴掘りトンネル造りマニアであった。
 家族とは無縁であったが、ある日同居していた旧友マリア・ベルトランの孫娘ガブリエラが行方不明になる。彼女はメキシコのカルテルに誘拐され、麻薬漬けにされて居た。
 ・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・
 カルテルのボス達が牧場を襲撃するが、ランボーによって牧場の地下に掘られたトンネルに誘い出される。そこには、ランボーがベトナム戦争で経験した北ベトナム軍やベトコンの様々な罠が仕掛けられていた。傭兵たちは罠に掛かって次々と命を落とし、重症を負い、急襲をしかけてきたランボーに殺害される。
 傭兵たちとの戦闘で負傷し、弱ったランボーは父の家のポーチに座り、愛する人たちの思い出を生きたままにしておくために戦い続けることを誓う。クレジットの間に、ランボーが馬に乗って夕日に向かって走り去り、ランボーシリーズの過去の映画のシーンがフラッシュバックする。

 ランボー(1982年)  テッド・コッチェフ監督
 ランボー/怒りの脱出(1985年) ジョージ・P・コスマトス監督
 ランボー3/怒りのアフガン(1988年) ピーター・マクドナルド監督
 ランボー/最後の戦場(2008年) シルヴェスター・スタローン監督

 『ランボー ラスト・ブラッド(2019年)』 エイドリアン・グランバーグ監督 シルヴェスター・スタローン主演脚本 の映画を観てきました。 おもしろかったです。

   『ランボー』誕生のライナーノート外伝  (Wikipediaより)
 原作小説が発表されたところ、当時のアメリカで問題となっていたベトナム帰還兵にスポットを当て、その心の病を描いたストーリーは評判となり、ワーナー・ブラザースが映画化権を取得、ランボー役としてクリント・イーストウッドとジェームズ・ガーナーの二人に二股交渉をしたところ、双方からオファーを断られてしまい、特にガーナーの方は「アメリカの警官を殺すような役はしたくない」とまで言われる始末であった。その後、当時注目を浴びていた若手俳優アル・パチーノにもオファーを出すも、これもまた断られてしまった。 しばらくして、マイク・ニコルズが企画に興味を示し、主演にダスティン・ホフマンを推すも、「暴力的すぎる」と断られてしまった事から企画は頓挫し、映画化権は当時新鋭のプロデューサーだったマリオ・カサール、アンドリュー・G・ヴァイナが設立したカロルコ・ピクチャーズに売却された。
 カサールらにとってハリウッド進出第1作目となったことから、彼らの作品に対する熱意は相当なものであった。 当初ランボー役はスティーブ・マックイーンに打診され、本人も出演に意欲的だった。しかし、既に病魔に侵されていたマックイーンは体調不良により降板(その後死去)、そのためカサールらは、ニック・ノルティやキャリアが頭打ち状態だったジョン・トラボルタにオファーを出すも断られてしまったが、当時『ロッキー』シリーズ以外の作品が興行的に不振が続いていたシルベスター・スタローンがギャラを下げてまでも出演を熱望し事なきを得た。

   おまけエピソード
 第1作に登場する重火器は全てが実銃で、その多くはFBIやSWATから借用したものだった。撮影中、これらの武器は厳重な管理下に置かれたが、それにも関わらず国際的な武器密輸組織によって盗まれ、アメリカのマスコミを騒がせる事件となったという。

 1976年の『ロッキー』からのシリーズと共に『ランボー』シリーズは彼の代表作と言っていいだろう。
 御年74歳。 同年のシュワちゃんと共にジジィは元気だ。
 年下オイラもガンバらねば・・・

        

 今日は納豆の日だそうだ。 夕食には白米コシヒカリにタップリぶっかけ、元気モリモリと行こうではないか!