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 BOOKOFFで目にした「隈取絵師:平茂 寛」気になり迷わず購入。
 ストーリーは。
 町絵師の恵斎は、松平定信の庇護により、お抱え絵師となる。しかし、ある日、定信に納めた絵が盗まれてしまう。盗人は津山藩主の松平康孝であるとされ、恵斎は城中からの絵の奪還を命じられるが……。
 2011年の朝日時代小説大賞受賞作でした。

 著者の平茂寛氏は昭和32年(1957年)1月13日生まれで、現在津山在住。 五十歳を契機に一念発起して、小説を書き始めたそうです。
 なので、津山が舞台でした。 主人公の鍬形恵斎なる市井の浮世絵師の実在を知りました。

 鍬形恵斎は明和元年〈1764年〉 - 文政7年3月22日〈1824年4月21日〉
 葛飾北斎と同時代の絵師です。 自らデッサン重視の絵手本「略画式」を著したり、俯瞰的な名所絵(風景画)を発案して「江戸一目図」や「日本一目図」を手がけた。

   edo6-thumb-600x450-20820.jpg
 「江戸一目図」 上はその一部拡大。下は縦176cm横353cmの六曲屏風。
江戸一~1
 「国持ち大名に並ぶ津山藩鍛冶橋藩邸」など数ミリの人物がギッシリです。 

 この絵は東京スカイツリーの2012年5月の開業に実物大の複製パネルが地上350メートルの展望台に設置されているそうですが、登ったことのあるI.Z.さんは見たのかなー

 その恵斎は「北斎はとかく人の真似をなす。何でも己が始めたることなし」と非難した逸話が残っているそうな。

 
 還暦も過ぎたオイラも一念発起。郷土の越後柏崎の幕末英雄の生田万(いくたよろず)の一代記でも書こうか・書きたいが・・・・・
 上野国館林藩の藩士の家に生まれる。藩校で儒学を学び、江戸で平田篤胤に入門して国学を学ぶ。太田で私塾を開くが、進言した藩政改革論を退けられ、天保7年(1836年)に越後国柏崎へ移り、桜園塾を開く。
 天保の大飢饉に際しては天保8年(1837年)2月に大坂で大塩平八郎らが救民を掲げて武装蜂起(大塩平八郎の乱)すると、各地で呼応する一揆や武装蜂起が起こり、大塩の乱は3月に鎮圧されたものの、生田は6月に数名の同志を集めて蜂起する。これを「生田万の乱」と呼ぶ。一行は桑名藩の柏崎代官所を襲撃するが、負傷して自刃、享年37。妻と二人の幼い子供もあとを追う。        Wikipediaより
                               と、書いておこう。


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