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2013.09.07  山田寺仏頭
 1937年(昭和12年)興福寺の東金堂の解体修復中に、須弥座(台座)の中より発見され、国宝となった「山田寺仏頭」が上野の杜にやってきた。

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 『?』 「山田寺仏頭」が国宝又は重要文化財の現状変更等の許可申請等に関する規則申請により「銅造仏頭」と変更されていた。


 元々この仏頭は日本最初の元号"大化"(西暦で言う645年から650年)期に蘇我馬子の孫・蘇我倉山田石川麻呂の発起によって造営された山田寺の講堂本尊薬師如来像であった。
 興福寺(藤原の氏寺)は平重衡(清盛の5男)の兵火(治承4年・1180年)で炎上後、再興の途上であったが資金難?で中々進まなかった。 
 文治3年(1187年)、興福寺の僧兵が山田寺に押し入り、山田寺講堂本尊の薬師三尊像を強奪して、興福寺東金堂の本尊に据えた。
 この薬師如来像は応永18年(1411年)の東金堂の火災の際に焼け落ち、容として行方不明となっていた仏像なのである。
 かろうじて焼け残った頭部だけが昭和12年に発見された"曰く付き仏頭"なのである。

 だが、しかし。  今回の展示にあたり、主催者および興福寺は。
 平安末期、興福寺の堂衆たちが飛鳥の山田寺から運びこんだ巨大な白鳳時代の仏像(現仏頭)は、東金堂の本尊、薬師如来として安置されました。 (以下略。公式HPより)
 さらに、「白鳳の貴公子」という呼称にふさわしい優れた造形を会場では「仏頭」を360度可能な限りのアングルからご覧いただくことで、仏像の魅力を存分に味わっていただきます。

 と説明してました。なんたる改ざん。表現なのだ。
 興福寺の"奢り"もはなはだしいではないか!


 東次郎OMF・深広寺・喫煙禁煙・パソコン・タイムハンター そして今回。
 この1ヶ月どうもオカシイ。何かが"変"なオイラである。
 厄払いに旅に出てみたいが、 ガガガガガ・ががががが・ガガガガガ・・・・・

              http://nicoviewer.net/sp/nm17804876
               ・・・・・・・・・・俺の骨が静けさを夢みる。


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