2014.03.10  頑丈な社
 都内に残る珍しい"稲荷神社"に行って来ました。

 まず、最初は目黒本町1-1「清水稲荷神社」です。
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 明治中頃、涸れることない清水の地に稲荷神社がありました。
 戦後の昭和27年、鷹番小学校に取り残されていた社をここに移築し、本殿として使用してます。
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 小さな社ながら、重厚なコンクリート造りでした。

 ふたつ目は大田区東雪谷5-8-10の長慶寺境内の「朝日稲荷神社」です。
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 坂上の池雪小学校にあったものをコロを使い二昼夜かけ運びました。
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 こちらは風化が進み、かなりのイタミが見受けられました。
 それにしても、頑丈な造りではありませんか?

 取り立てて珍しい稲荷神社でも無いと思いきやそれは「奉安殿」でした。

 「奉安殿」?  戦後生まれのオイラは知りませんでした。

 先日、富士塚散歩のおり、日向ぼっこのおじさん(S18年生まれ)と歴史談義の会話の中で都内に2ヶ所残っていると聞き、さっそくネット検索から散歩に行って来たのであった。

 奉安殿(ほうあんでん)とは、戦前の日本において、天皇と皇后の写真(御真影)と教育勅語を納めていた建物である。
 奉安殿の内寸は最小で奥行85cm、高さ1.5m、幅1.2mは必要であるとされた。構造は鉄筋コンクリート造、壁厚25cm以上、片開または両開の完全な金庫式二重扉を設け、耐震耐火構造とし、内外防熱防湿のために石綿材料を施し、内部はさらにキリまたはヒノキ板張りとし、御真影を奉安する棚の高さは50cmほどのところに設けることとされた。
              Wikiより転用  詳しくはここをクリックしてください。

 また、「散歩の変人」なるブログに全国に残る奉安殿奉安庫写真が並んでありました。 興味のある方は前の下線文字をクリックしてくださいな。


 それにしても、01.09の富士山公園での遥拝所方位盤や皇居散歩のせいか?ナゼカ戦前昭和が気になるオイラです。 (まぁ、現存する紫電改を見に四国・愛南まで行くモノズキですが)
 そして、知りたがりの好奇心散歩はまだまだつづく。  nodeaxtuta





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