2014.08.12  『信』
   『 あんバラ~安奈』 


 「おーい」と声を張り上げた。 太鼓を叩いた。狼煙を挙げた。
 鳩の帰巣本能を利用して、伝言を飛ばした。

 江戸期の大井川の渡しでは川止め(最大56日間の記録アリ)のため往来が停まったが幕府公用便は川人足が泳いでも対岸に渡したそうな。
 中国では手紙を「信」と云って、見知らぬ他人に「人の言葉」を託したそうな。

  1895年 - マルコーニが無線電信機を発明。
  1905年 - 帝国海軍が日本海海戦で無線通信を使用した。

 日本のアマチュア無線局は1995年には約135万局(長距離トラックのドライバー交信がかなりであった)あったものが2009年には約47万局と激減しており、減少傾向にある。
 60~80年代には世界のアマチュア無線の人達と交信し、その証明となるQSLカード(交信証明書)を交換する慣習が盛んに行われ、その枚数の多さがステータスであった時代もあった。

  1985年 - 日本で通信自由化。 パソコン通信サービスが始まる。
  1990年代前半頃からインターネットの世界的な普及がはじまった。
  1990年代後半 - インターネットのホームページが急速に増加。

 1994年7月、アメリカ・タイム誌で、「インターネットは核攻撃下でのコミュニケーションの生き残りを想定して開発された」という記事が掲載される。以降、ARPANETは核戦争時のための軍事ネットであるという俗説が流布するようになる。
 一方、ARPANET立ち上げ時のIPTO責任者であったロバート・テイラーは、この記事に対して事実とは異なる旨、正式な抗議をタイム誌に対して行った。


 かつて日本国内に米軍施設で「象の檻」と呼ばれていた巨大な円形ケージ型アンテナの電波傍受施設がありました。
 沖縄県楚辺通信所は2007年撤去解体されました。
 2008年11月に三沢基地・姉沼通信所も解体計画が発表されました。

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 直径約440メートル、高さ約37メートルの円筒形の巨大なアンテナ群で、数十本の垂直アンテナが二重に設置され、360度いずれの方向でも電波傍受が可能であった。
 姉沼通信所地区には現在、「象のオリ」とは別に、ゴルフボールのような形をした大・中・小十七個のレーダー施設(大きいものは直径約三十メートル)があります。昨年から今年にかけて三個増えたことが確認されているそうだ。

 まぁ、目に見えない電波も現在のエシュロンシステムはほとんどの情報を電子情報の形で入手しており、その多くが敵や仮想敵の放つ電波の傍受によって行われている。1分間に3000万の通信を傍受できる史上最強の盗聴機関とも云われているが運用等は軍事機密だそうだ。  ・・・当然ですよね。


 そして、今や戦場(特に特殊作戦において)では個々兵士のヘルメットカメラ映像がリアルタイムで作戦本部に集まり、作戦遂行を見守り、さながらの中継が行われております。
 2011年5月2日(米国東部夏時間5月1日)、パキスタンにおいてアメリカ軍によりウサーマ・ビン・ラーディンの殺害が大統領執務室に流された。
   覚えている人も多いでしょう cnn000123456.jpg


 と、ツラツラタラタラとネット情報を断片的に貼りつけました。
 「何が言いたいんや?」とヤジが飛んできそうですが『意味は無い』と明確に答えよう。  時間の浪費があっただけです。
 「アナタに捧げた時間を返してよ」と言い寄られて、いまだ返せる人は居ないのだから・・・・・

       『ありがとう』





 【第61回マカオグランプリ2014】
決勝戦が行われるは2014年11月16日(日)
リスボアスタンド(指定席)で公道レースを観戦!
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