『流されはしなかった』 

 小椋佳氏は東大法学部卒業後、日本勧業銀行に入行した。銀行マンとして65歳の定年まで勤める傍らで音楽活動を行ってきた。
  シンガーには定年がないと云いながら、歌えるうちにと昨年彼が70歳の古希を迎えるにあたり、自らの音楽活動の集大成としてNHKホールで1日25曲、4日間連続で計100曲を歌いきるコンサートを行いました。

 布施明へ「シクラメンのかほり」、中村雅俊へ「俺たちの旅」、美空ひばりへ「愛燦燦」などなど他の歌手への提供曲も多い。

 彼は2000年に57歳で胃がんが発覚し、胃の4分の3を切除したそうだ。
 今、入院している“友”よ、見舞いに行かぬがガンバレよ。無事生還を待つ。


 テナことにまったく関係なく、『船』の話題・検索をふたつ紹介します。

 その1 「江戸幕府が将軍の御座船・天地丸」
 江戸時代初期に竣工後、幕末まで200年以上に亘って使用されました。
   utida91.jpg
 明治7年(1874)、内田九一(うちだくいち)によって撮影されたものです。 内田は明治5年(1872)に新政府の依頼で初めて明治天皇の御真影(ごしんえい)を撮影した長崎生まれの写真師です。

 「天地丸」は16反帆、小艪76挺立の大型関船であった。要目は上口長93尺(28.2m)・肩幅23.72尺(7.19m)・深さ6.3尺(1.9m)推定排水量は約100トンである。巡航速力3.1ノット、最大速度6.8ノットで航行できたと推定される。やや喫水が浅い設計で、隅田川の水深を考慮したためと考えられる。上部構造は船体の全長に亘って屋根風に甲板が張られた総矢倉造りで、中央には2階建の屋形が設けられて一段高くなってました。
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 その2 「超電導電磁推進実験船・ヤマト-1」
 ヤマト-1(ヤマトワン)とは、1992年(平成4年)6月16日神戸港において、世界で初めて超伝導(リニア)を利用した電磁推進によって海上航行実験に成功したスクリュープロペラが存在しない世界初の実験船である。
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 長さ約30m、幅約10m、排水量約185t、定員10名 の実験船の船体を完成させて、洋上実験がスタートした。
 計画最大速力 8ノット(時速15km) のハズだったが・・・

 その計画は笹川財団(現日本財団・基本財産304億円)が負担し、運輸省・日本造船業界の全面的バックアップにより推められました。
 推進装置は2基搭載されているが、右舷推進器は東芝で左舷推進器は三菱重工がそれぞれ別のメーカーにて製造された。
 しかし、実現に関しての諸問題が多過ぎて実用化への道は遠かった。
   Yamato101.jpg
 神戸海洋博物館で野外展示されている「ヤマト-1」を見に行きたいゾー 


 そう云えば、大阪市立海洋博物館「なにわの海の時空館」が閉鎖されたが、実物大建造費10億の復元菱垣廻船「浪華丸」はどこへ行った?

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 中島みゆき「宙船(そらふね)」の一節です。 本人歌唱は見当たりませんでしたがTOKIOバージョンはここをクリックを


   OMAKE  Eric Carmen WHO?
 小椋桂の「流されはしなかった」はアメリカの歌手エリック・カルメン(1949年8月11日 - )の作曲で彼のヒット曲「オール・バイ・マイセルフ」はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番をモチーフにした曲で、途中にピアノ協奏を挟んだ7分超のドラマチックな大曲です。 興味のある方は聞いて見てはいかが?
     


     テナテナ。 今年も己の好奇心を満たす検索旅は続きます。
     長々と最後まで読み付き合っていただき感謝です。



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