1冊の小説を読むのに半年もかかりました。
 つまらなかった訳ではない。 むしろ、興味深く、おもしろかったのである。
 時間を忘れ一気に読んでしまった本も多い中、本書だけは3行進んで2行戻るの繰り返しでワンセンテンスごとにアレコレ想いが廻り先に進まなかったのである。 そして、2度も読んでしまいました。

 山本兼一氏著作「おれは清麿」(平成24年3月6日初版発行)です。
 本書は、57歳で遺作となった江戸末刀匠の生涯記です。


 文化10年3月6日(1813年4月6日)、信州小諸藩赤岩村の名主の次男として生まれた。 (生家の長男家系が現代まで続いております)
 名を山浦環(やまうら たまき)。初銘は正行、ついで秀寿。 37歳の渾身の一振りができた時から源清麿銘を刻む。

 余談ですが刀工を目指した兄真雄とともに17歳で合作した刀は個人蔵で「なんでも鑑定団」で700万の値が付きました。


 「この刀はおれです。おれのこころです。折れず、撓まず、どこまでも斬れる。そうありたいと願って鍛えたんだ」

 彼の生き様を史実(Wiki記述)と山本小説で書き始めると長くなりますので、小説的エピソードをいくつか紹介したい。

   エピソード 1
 17歳で婿入りし、子までいたのだが、刀工になりたいの願望が強く江戸へ行くことになった。
 江戸で3年修行し、一人三両掛け百振りの刀剣講「武器講一百之一」を依頼されるが1年目の36振りを納めたころに訳有り女郎を前金で身請けし出奔。
 若気のイタズラではあるが、単なる物打ち刀工で終わりたくない“気鋭”がほとばしっておりました。

   エピソード 2
 重要美術品に認定されている「(表)為窪田清音君 山浦環源清麿製(裏)弘化丙牛年八月日」の銘がある2尺6寸の豪刀を恩人に贈たのだが、清麿への改名が一介の元商人札差(金貸し業)の数奇屋趣味人との交流から生まれたのであった。

   エピソード 3
 若き清麿の前に現れた男に渾身の刀を折られてしまうのである。「精進するがよい」の一言は同世代の佐久間象山であった。 そして、晩年(と云っても40代)自信過剰で傲慢な言動から松代への蟄居幕命での再開であった。「武は鉄砲・大砲だが魂は太刀。ますます精進せよ」

 本書は幕末刀工物語ですので、日本刀の原料材料や造り込み方法技術に加え、試し切りのデテールなど詳しく書かれてました。 趣味・日本刀観賞のオイラも知らない事実まで有り、大変有意義な時間を過ごさせていただきました。


   OMAKE
 隆慶一郎『鬼麿斬人剣』(1987年)-清麿の架空の弟子が主人公。過去に清麿が金に困って作った数打(粗製乱造品)を回収し破壊する旅を描いた小説。

   SANPO  源清麿の眠る墓
     genn01.jpg
      源清麿・水心子正秀他同時代の刀工たちの眠る四谷・宗福寺。 



 
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