2015.02.09  自由と平和
   ニニ・ロッソ 「さすらいのマーチ」  


 アパルトヘイトとは、南アフリカ連邦時代から続く人種差別思考の上になりたつ様々な差別立法を背景に1948年の純正国民党政権誕生によって確立された。 以後強力に推進されたが、1994年全人種による初の総選挙が行われ、この制度は撤廃された。

 全民族融和の象徴であるネルソン・マンデラ氏(1918年7月18日 - 2013年12月5日)の来日時の久米宏氏のインタビューが忘れられない。
 「自由と平和のちらが大切ですか?」 ・・・バカな質問をするな。
 『Freedom』と答え、しばらくして。 『Peace』 と答えました。
 ・・・長い獄中生活においての自由か?人種差別からの解放・自由か? それともやはり闘争のない平和なのであろうか?

  忘れることはできないが、許すことはできる。
  対話によってわかりあえる。
  世界を私たちがよりよい場所に変えることができる。
  一人一人の力が変えることができる。
 NPOアフリカ日本協議会理事・津山直子さん大切にしてきたマンデラ氏の言葉。


 弁護士として働いていたマンデラは合法的政治活動を行っていた。
 しかし、丸腰の民衆に発砲するという行為に激怒したマンデラは、今まで非暴力だった運動を暴力も伴う運動に変えることを決意する。 それらの活動などで1962年8月に逮捕され、1964年に国家反逆罪で終身刑を言い渡された。
 この収監は27年にも及んだが、1989年12月に当時の大統領フレデリック・デクラークと会談し、翌1990年2月11日に釈放される。
 1993年12月10日にデクラークとともにノーベル平和賞受賞。
 1994年4月に南ア史上初の全人種参加選挙が実施され、ネルソンは大統領に就任した。 就任式ではヒンドゥー教、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教の指導者が祈るなど全宗教の融和も図られた。ネルソンは6つの原色に彩られた新国旗に象徴される「虹の国」を掲げ、新憲法制定によるアパルトヘイト体制下での白人・黒人との対立や格差の是正、黒人間の対立の解消、経済不況からの回復として復興開発計画を公表した。
 1999年に行われた総選挙を機に政治の世界から引退した。
 ( 2008年6月末、米国政府により正式にテロリスト監視リストより名前が削除された)
 2013年12月5日、ヨハネスブルグの自宅で死去。 95歳没。
 追悼式には、日本の皇太子徳仁親王、イギリスからはチャールズ皇太子とキャメロン首相、アメリカ合衆国よりバラク・オバマアメリカ合衆国大統領及びビル・クリントンやジミー・カーター元大統領、ブラジルのジルマ・ルセフ大統領、キューバのラウル・カストロ国家評議会議長などが出席した。 追悼式典のVIP席でバラク・オバマとラウル・カストロが握手する、弔問外交となった。

 そんな経歴を持つネルソン・マンデラの著書をベースにした映画『マンデラ 自由への長い道』が去年2014年5月公開されてました。 ・・・ウーン、さっそく借りてこようか。 レンタルづいてます。


   OMAKE
 ニニ・ロッソ(1926年9月19日 - 1994年10月5日)の「さすらいのマーチ」は戦争映画『前進か死か』のテーマ曲をアレンジコピーした哀愁ただようトランペットの名曲です。
 映画のタイトルがインパクトあり、記憶のヨドミに埋もれております。
 内容は捕虜救出?だったが、「イギリス人傭兵の有志が集まってネルソンを救出する作戦が立てられた。(南アフリカ側への情報漏れで中止)」を彷彿とさせます。
 そう云えば、モーガン・フリーマン製作クリント・イーストウッド監督の映画『インビクタス/負けざる者たち』もありました。

   DASOKU
 映画『勝利への脱出』は、ジョン・ヒューストン監督による1981年のアメリカ映画である。第二次世界大戦の最中、ドイツの捕虜となっていた連合軍兵士とドイツ代表との間で行われることになったサッカーの国際試合と、その背後で進められる脱走計画をテーマにした映画もありました。



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