2015.06.02  宗達WHO
 建仁寺蔵の国宝『風神雷神図』を描いた俵屋宗達は尾形光琳と並び称せられる近世初期の琳派の大画家だが、その知名度の高さと後世への影響の大きさに比べ「生没年不詳」とその生涯には不明な点が多い。
 大正2年(1913年)春に石川県金沢市の宝円寺で発見された宗達のものとされる墓によって、寛永20年8月12日(1643年9月24日)没という説が唱えられたが、京都の頂妙寺にある墓が宗達のものであるという説もあり、本人の墓であるのかについては異論もある。そのため、最近の文献では記載されないことが多い。 そうだ、とのことである。

 「生没年不詳」イイねー  ナゾを思い浮かべると生き様が見えてくる。
 シロウトオイラの妄想が膨らみます。
 まずは、京都で「俵屋」という当時絵屋と呼ばれた絵画工房を率いた職人なのである。 ずば抜けた発想力と卓越した技量が当時も権力者や文化人にもてはやされ、町の絵師としては異例の法橋の位が与えられてもいた。
 しかし、狩野派に代表される御用絵師軍団の横槍やネタミヒガミの中傷からどこか空疎な日々を送っていたのではなかろうか・・・
 そして、ある日突然すべてを捨てて“蒸発”しまったのでなかろうか?
 しばし、紫煙のごとく。 そんな妄想がムクムク湧いてきました。

 
 旅空の元、ある日、野盗に襲われ、右手を切り落とされ、イヤ命を奪われ野たれ死んだのではなかろうか? 本人の意思希望とは真逆であろうと安らかな最期を迎えたに違いないと思いたい。



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