「オイラには夏休みが無い」 と、書いたら。 「夏休みナシなんですか、働き者ですね(^^)」なるコメントをもらいました。
 それは大いなる誤解です。 特なる夏休み等の期限限定の休日がないだけで無職プー生活者は毎日が休日なのです。

 そこで思い出しました。
 神坂次郎 著  「後光譚(ごこうたん)」 を勝手に脚色・改編した事です。



    仮タイトル  『御光のゴカイ』


 この一ノミで石仏が完成するのだと思うと、心が昂ぶった。百助は息を吸いこみ、静かに鉄鎚を振り下ろした。 これですべての呪縛から開放される。長かった満願成就の瞬間である。
 思えば、物心ついた時から石仏に囲まれ、父親の仕事を毎日見て育った。誰に頼まれたのか、何故造るのかも知らされず聞きもせず考えずに手伝わされていた。父親の死後も父親の口癖である〈五百羅漢・南無阿弥陀仏〉を唱え、人生のすべてを注いだ石仏の最後の一体が完成したのであった。

 百助は五百羅漢が見渡せる丘に立っていた。親子二代半世紀の結晶は壮大であった。みごとであった。とすれば、もっと大きな歓びが沸いてきてもよいはずなのに、どうしたことか、終わったという疲労感だけに包まれていた。すでに四十、妻子も蓄えもない。百助はとぼんとした。一心不乱・一生懸命のアクセクした結果がこれなのか? 〈なにもしねーで毎日腹一杯白い飯を喰いてぇー〉と腹の虫がささやいた。

 〈おン汝れ、クソ仏めら〉 みんな、こいつらのせいなのだ。 と思った瞬間、足を滑らせてコケてしまった。苔むした父親が最初に彫った石仏に頭を打ち、そのまま気絶してしまった。

 気がつけばキラキラ星空の下。だが、百助の頭の上にはモヤモヤとした光の雲が渦巻いていた。〈なんちゅうこったー〉と百助はあわてて頭を掻き毟ったが攪拌された光の雲は金色の輪を作りだした。頭を左右に振ってみれば、益々鮮やかに光を増していった。

 〈生き仏、現る〉 光環を乗せた百助の噂はまたたく間に近郷近在に流れていった。〈ありがたや・アリガタヤ〉と手を合わせ拝む人や賽銭を包む人まで集まって来た。
  ・・・わいは乞食じゃなかん。物乞いで生活しちょられん。
その上、信心深い庄屋屋敷に連れられ、祭壇に坐され、半ば監禁状態に置かれてしまった。
  ・・・わいはどないなったんかい?

 毎日、三度の山盛りの白い飯。何もしない退屈は羅漢さんからの感謝の意味で積年の苦労のねぎらいであったが喜怒哀楽を体験したい百助には窮屈であった。
  〈おん汝れ、いんまに見ちょれぇ〉
 百助はいまわしい頭上の光の輪を打ち払うために、仏への挑戦を決意したのであった。

 仏がもっとも嫌悪するのは“悪”の徒である。仏敵、提婆達多(だいばだった)のような悪行を重ねてやろう。百助はそう思いを定めた。
 〈極悪非道の大悪人になっちゃる。 しかし・・・待てよ? 悪とは何であろう 悪行とは何をすればよいのやら〉
 暗闇を見つめながら壁に聞いてみた。すると、闇の向こうから
 「悪とは、苦痛を堪えぬことである」
 「ならば、仏どもの定めた悪とはなんぞや」
 「嘘吐き・盗み・殺生・飲酒・女犯・・・・みな仏には敵じゃ」
 「よっしゃ ソレで行くか 吾のやったことのないことだらけじゃ」
 この五つと手を組めば、この忌々しい光環も消えて無くなるだろう。

 まず、手始めに庄屋の旦那に言ってやった。
 「わしは。わしはー ・・・生き仏じゃぞ」
 百助の言葉に感激して深く頭を下げるのみであった。
 「ほんまモンの仏じゃぞ」
 幾度“仏”だと嘘を吐いてみても庄屋は恐縮して念仏を唱えるばかりであった。 まぁ、ええか。とにかく仏の五戒の一つを破ったのだから百助は愉快であった。

 供を付けるという庄屋を断り、街へ出た百助は自分が彫った五百羅漢の寺へ盗みに押し入ろうと立ち寄った。 そして、見料を取って講釈を垂れている住職の耳元にささやいた。
 「金を出せ。銭を包んで遣せ」
 五百羅漢で金儲けに奔っていた住職は慌てて小判を袖の下に押し込んできた。悠々と立ち去る百助。〈盗みは出来なんだったが、ユスリ・タカリなんて簡単ではないか〉内心でほくそ笑んでいた。

 さて、殺生。恐ろしやー この手で人を殺すとは。考えただけで動悸が高鳴り、相手が思い浮かばなかった。
 <そうだ。鼻抓みもののアノ嫌われ浪人だ。町衆に迷惑ばかり掻けているアイツを葬ればみんなに感謝されるはず。ウン? 人殺しで感謝? なんか変でねぇかいな> 
 ともあれ、夜を待ち寝込みを襲おうとあばら屋をそっと静かに覗くと、藁を敷いた土間に痩せた女が臥せていた。傍らで浪人が土鍋で何かを煮ていた。漂う香りは薬草。煮汁を欠けた湯呑に移し、女に飲ましていた。囁き合う夫婦。 アノ凶暴で嫌われれ者の浪人は病に伏す妻のための高価な薬代を世間にたかっていたのである。
 百助は思わず<羨ましい>と我が身の孤独を嘆いた。やおら、住職から巻き上げた小判を置き、あばら屋を後にした。

 夜道をトボトボ歩く百助。こんな時、輝く光環は便利であった。 しかし、
 <てあんでぇー 提灯の替わりしか役にたたねぇーでねぇかい>
 腹を立てながらも腹を空かした百助は文無しになったことに気付き、飯屋の勝手口から入ろうと裏へ廻った。あたりに漂う甘い香り。空になった小さな酒甕が転がっていた。
 <待てょ そうだ。光環を酔わせてどこぞに置き忘れてこよう。捨てにいこう>
 と、酒甕に頭を近づけたのであった。
 <どうだ。うまいだろう。こうか? もっと、浴びろー> フンギャァ~ ガガーン
 甕と格闘する百助はあろうことか その甕が頭にズッポリ嵌まってしまったのである。
 <抜けねぇ 眩しぃ アンギャーンン 助けてくれー くるしーい>
 甕の中で光は反射するわ。空気が薄くなり、呼吸困難になるわ。の失転八倒の百助。甕を被った重さで足元がフラ付き。 ドデン、ころころゴロゴロ。ドカーン、ドン。
 <ミエン、見えねー 眼鞍盲目になったーデェ> 
 甕が割れただけだったのだが命拾いした百助は気が動転していた。 光環光輪後光の消えた今は暗闇の夜だった。またしても今回も頭を打ったらしい。
 <助かったァダ 御陀仏ならぬナムアミダブツ・南無阿弥陀仏>

 光環の受難から解放された百助は一言  <女犯したかった~>
 と、言ったとか云わなかったとか・・・ 定かでないそうなー
 黙して語らぬ百助はその後、黙々と石仏を彫り続けたとさ。


   その後の百助

 百助の彫る石仏の造型はどんどん簡略化されてゆき、
  <争い事は見たくない>
 と眼が消えて、野花の香りに包まれたいと鼻が大きくなった。
  <醜い罵声雑言は聞きたくない>
 と耳が消え、馬糞の匂いも生いる証と鼻だけがデカクなっていった。
  <南無阿弥陀仏も声にしなくて良かろう>
 と口も消え、鼻だけが顔に広がっていった。

 元々、石仏ならば歩くこともないだろうと足も無くなり、箸・椀も持つ必要も無かろうと手まで省略していった。その上、亀のように首が縮まり頭が胴体に潜り込んでしまった。いつしか達磨さんのような石仏が並ぶようになっていった。
 ノミを持つ手が衰え、鉄鎚が打てぬようになると砥石に持ち替え、石仏の表面を一撫でしては<南無阿弥陀仏>を一声。を繰り返していった。

   小さく、小さく、小さく、小さく・・・ 
 それは一撫でが一劫(一劫とは1辺40里の大巌を、天女が羽衣で撫で、岩がすり切れてなくなってしまうまでの時間を指す)のごとくの一瞬であった。
  小さく、小さく、小さく、小さく、小さく、小さく、小さく・・・
石仏はどんどん丸く球形になり徐々に形を変えていった。
 小さく、小さく、小さく、小さく、小さく、小さく、小さく、小さく、小さく、小さく、小さく、小さく・・・
 そして、ある日。磨き上げられた石仏を抱き抱えるように寝る百助は二度と眠りから目覚めなかった。 その姿はやすらかな光の雲に包まれていた。


               長々と読んでいただきありがとうございました。



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