2015.11.04  表・裏
 “イロガミ”でなく“シキシ”の「色紙」について調べてみた。

 装飾加工紙を料紙と呼び、特に正方形に近い形の厚紙で金縁が施され、片面には金粉や銀粉などを散りばめられているものも「色紙」と呼んでます。 近現代では著名人のサインや寄せ書きに用いられ、サイン色紙とも言われてます。
 では、表と裏を説明できますか?
 本来は金粉や銀粉などが散りばめられているほうが表面であるが、書画やサインなどは謙遜の意味であえて裏面の白いほうが用いられております。
 しかし、Wikipediaでは、白い面が本来の表であるため、これは一種の俗信である。 [要出典/ この節の加筆が望まれています]と書いてありました。

 まぁ、表だろうと裏であろうと、「謙遜」が美徳であった文化がいつのまにか「KAWAII」が世界標準語として広がりを見せている今日この頃です。
 

 さて、先週の「美の巨人」を観ましたか?
 鈴木其一の進行で4人の琳派の巨匠の座談会でした。
 (美術品の解説もさることながら、作家ドキュメントや空想をめぐらす番組作りに好感が持てる構成がおもしろいですね)

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   1821年頃 2曲1双 紙本銀地着色 各隻167×184cm 
   『風雨草花図(ふううそうかず)』  (通称『夏秋草図屏風』)
   酒井抱一  (1761年8月1日 - 1829年1月4日))

 姫路藩藩主を祖父に持つ名門・酒井家の次男として生まれ、狂歌や俳諧の世界で非凡な才能を見せていた抱一。 とある飲み会で一橋治済(11代将軍・徳川家斉の実父)に「そんなに光琳に私淑しているならば描いてみろ」
 後日、用意された白紙の屏風に抱一が描いた画は銀地に雨にうたれる夏草と風になびく秋草であった。
 金地にダイナミックな構図の琳派特有な画とはまったく異質な銀地は月明りであり草花は偲ぶ人へのオマージュであった。
 そして、驚くことにこの屏風の裏は光琳の「風神雷神」であったのだ。

 ジャジャーン!  (なんと軽い書き方なのだ。)
 一橋治済は持っていた光琳画の裏に酒井抱一に描かせたのであった。
 これぞ、琳派の表裏一対の集大成ではないか・・・  エライ!スバラシイー


   OMAKE  明治?昭和? 「別離」
 近年表裏を分離してそれぞれの一双屏風に改められましたが、その剥離技術や和紙他の素材の大和絵って「スゴイ」ですねー  と月並みな言葉しか浮かびません。



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