2015.12.13  鉄舟・禅
 明治も安定し、廃刀令や仇討禁止が出され、剣術は己の道を究める手段として、鉄舟は「春風館」を拓くのであった。


一.
學劍勞心數十年 (けんをまなびしんをろうしすうじゅうねん)。
臨機應變守愈堅 (りんきおうへんまもりいよいよかたし)。
一朝壘壁皆摧破 (いっちょうるいへきみなさいはす)。
露影湛如還覺全 (ろえいはたんじょとしてかへりまったきをおぼゆ)。

二.
論心總是惑心中 (こころをろんずればすべてこれしんちゅうにまどひ)。
凝帶輸贏還失工 (ゆえいにちたいすればまたたくみをうしなう)。
要識劍家精妙處 (けんかせいみょうのところをしらんとようせば)。
電光影裏斬春風 (でんこうえいりしゅんぷうをきる)。

     明治十三年四月  山岡鐵太郞 書


 平たく解釈するに、
  剣の道を数十年心を砕いて学んできた。
  臨機応変の不敗の極致に到達したようだ。
  そして今、最後の障壁を突き崩したのだ。
  その先に広がるのは、露に反射する光を湛える静かな境地である。
  心の中の想いを言葉にしようとすると惑いは増す。
  勝負にこだわれば技の切れを失う。
  剣の極意を知りたければ教えてやろう。
  春風を一気に断ち切るのみ。
          となるであろうか・・・


 この最後の「電光影裏斬春風」は無学祖元禅師(1226年 - 1286年)の「偈」を唱え難を逃れました。
   乾坤無地卓孤
   喜得人空法亦空
   珍重大元三尺剣
   電光影裏斬春風
 (この天地には一本の杖を立てる所もない。喜しいことに人はもと空、仏法も空じゃ。元の三尺の剣を珍重する〈有難いこと〉、稲妻の光の中に春風を斬るようなもの、斬れるものなら斬って見よ)


 明治16年(1883年)、維新に殉じた人々の菩提を弔うため東京都台東区谷中に普門山全生庵を建立しました。


 「禅」 公案と答案  知恵幼きオイラには解りません。

 仙人になるべく日々研鑚の修行を送る流転の旅人の道は続くのであった。 




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