2016.02.09  猿猴庵
 「猿猴庵」 人の名前です。「えんこうあん」と読むそうな。
 本名は高力種信。 宝暦6年(1756)~天保2年(1831) 76歳で没。
 尾張徳川家に仕え、馬廻組300石の中級侍です。 17歳の時から没するまで、一生を著作活動に費やし、市井の出来事を綴った日記のほか、百種を越える絵入り本を遺しました。 
 絵師に従事することなく、見たままを描くいわゆる画家兼文筆家であった。

 文政4年 (1821) 6月に尾張で捕獲され、9月に将軍家斉に献上された鶴。
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 1778年、江戸に火柱? 実は珍しくもオーロラが現れたそうだ。
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 猿猴庵は墨筆の道中記・市井記など多彩に書き残しておりました。
 時には色塗りで風景や世俗など浮世絵ではなく趣味?特技?なのです。
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 葛飾北斎が、文化14年(1817)10月5日、西本願寺別院の境内で120畳敷大の大達磨絵を描いたイベントを記録した自筆本『北斎大画即書細図』。
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 北斎が名古屋滞在中に描いた「大達磨画」は現存しないが、猿猴庵が残した模写は現存してます。
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  また、東海地方には、60年に一度流行するお鍬祭り(おくわまつり)という祭礼がある。伊勢信仰と関連し、豊年を予兆(よちょう)して行われる祭りだが、平成19年の流行時には、運営の手がかりとなる資料が祭り開催予定の地域に残っていないという問題が発生した。「一生に一度の祭り」を伝えるピンチを救ったのは猿猴庵の『御鍬祭真景図略(おくわまつりしんけいずりゃく)』だった。
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 名古屋市博物館では、資料を基に造り物や仮装ではなやかに彩られた祭り行列を再現するイベントを催したが、実際に祭りを行った多くの地域がこれを参考にしたという。

 そんな猿猴庵の残した本を名古屋市博物館で多数所有。
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         毎年か? 20数冊を編集新刊として定期発行してます。

 買って所有するほどではないが、見てみたいですね。
 貧乏人の東京からは名古屋は遠いなー  北名古屋市からなら近いかな?
 日比谷の国会図書館なら閲覧可能であろうか・・・



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