2016.02.15  スキー滑る
 ジジィと小娘の快進撃が伝えられるスキージャンプに比べ、体力・技術・環境に劣るアルペンスキーの話題は皆無に近いです。
 そんな中、13(土)14(日)と苗場スキー場で41年ぶりにワールドカップが開かれました。 それも男子の大回転と回転競技のみだった。

 1975年、オイラは大会記録の16㎜カメラマンのひとりとして参加していた。
 アルペン競技では、滑走順が進むごとにコースが荒れるため、スタート順が速い選手ほど有利となる。のだが、女子トップの滑りを画面に押さえきれない失敗をしてしまった。 そんな苦い思い出が甦った。

 選手の名は「アンネマリー・プレル」 改めてWikiしてみました。
 アンネマリー・モザー=プレル  1953年3月27日(62歳) オーストリア
 1971年から1975年まで5年連続優勝。 1976シーズンの直前、彼女は父親の看病を理由に引退を発表し周囲を驚かせた。よって自国開催のインスブルックオリンピックには出場できなかった。
 選手復帰して、1980年のレークプラシッドオリンピックでは、オーストリア選手団の旗手を務め、滑降競技で金メダルを獲得。ワールドカップでも5勝を挙げた。
 1974年に結婚、1982年に娘を出産、2003年には孫が生まれている。
 
 1975年は西武・堤義明(1934年(昭和9年)5月29日 - )バリバリの現役であり、イケイケドンドンの時代であった。
 オイラにもそんな時代があったなー  と懐かしむにはまだ若い!



 
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