2016.05.18  石峯寺
 若冲、60歳にして石峰寺後方の山中に石像の五百羅漢を建立する事を思い立ち、絵1枚につき米一斗分の代金でみずから下絵を描き、石の羅漢を一体ずつ石工に彫らせ、奉納配置していったという。
 天明八年(1788)正月におこった京都大火災で焼け出された若冲が、この石峰寺門前で妹と暮らすようになり、釈迦誕生より涅槃に至る一代記を中心とし、諸菩薩・羅漢を一山に安置されました。 しかし・・・
 明治以降荒廃していた羅漢山は龍潭和尚の篤志により、草を払い径を開き、個々の石仏の趣を見られるように整備されました。

 寛政十二年(1800)、85歳で没した。墓もこの寺にある。
 墓は賽の河原の石仏群を下った処にあり、墓の表には、画一枚を米一斗に代えたことにちなみ「斗米庵若冲居士」と刻まれています。 (若冲の墓は相国寺にもあります)

 平成19年、5月。 何者かによって、羅漢さん約30体が破損破壊された事件が起きました。 嘆かわしいことではないか?

 嘆かわしいと云えば、この羅漢さん達の庭?が「撮影禁止」なのである。
 まぁ、モラルマナーの悪いカメラマンの傍若無人ぶりに対抗しての処置なのであろうがいかがなものであろうか。

 とある有名な禅寺の玄関にこんな札が貼りだされておりました。
    『はきものをそろえる』
  履物を揃えると、心もそろう。
  心がそろうと、履物も揃う。
  脱ぐときに揃えておくと、履くときに心が乱れない。
  誰かが、乱しておいたら、黙って揃えておいてあげよう。
  そうすればきっと、世界中の人の心も、揃うでしょう。

 黄檗宗の石峯寺には説法・寛容はないのであろうか? 



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