2016.05.22  上野東照宮
 オイラは家康が特に好きというわけではないが、建物の金襴豪華な「東照宮」に魅せられ、各地の東照宮を見て歩いてます。
 さて、今回は上野東照宮へ行ってきました。
 
 正門の石鳥居に扁額が掛かってなかったの(単に見落としただけか)で、「変?疑問」を書きながらのレポートです。

 まずは参拝道の山門の内側に「東照宮」の扁額がありました。
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 長くもない参道に石燈籠が並び、銅灯籠もたくさんありました。
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 葵紋が沢山ですが、名もなき職人の龍・天女・唐獅子などの意趣がおもしろく見比べ飽きません。

 「変?ナゼ」  どうして各大名は揃って競って、将軍家への寄進奉納により忠誠の証としたのでしょうか?

 この地も寛永寺敷地内とはいえ、元は寛永4年(1627年)、藤堂高虎が上野の高虎の敷地内に創建した。社伝によれば、元和2年(1616年)、危篤の家康から自分の魂が末永く鎮まる所を作ってほしいと高虎と天海に遺言されたという。
 そう云えば、伊達藩・仙台にも豪華な東照宮がありました。

 当然のように唐門前には御三家の燈籠が並んでました。
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   DASOKU  上野動物園内に五重塔が・・・
sP5188915.jpg   「変?ナゼ」
 寛永8年(1631年)、東照宮造営の際、佐倉城主土井利勝の寄進により建立されたが、寛永16年(1639年)に火災で焼失し、同年に再建されたものが現在の姿である。方3間5層塔婆、5重の屋根は銅瓦葺き、高さは約33メートルで、一層の中央には薬師・阿弥陀・弥勒・釈迦の四仏を安置している。
  明治時代になって寛永寺の所管となったが、昭和33年(1958年)に東京都に寄付された。  そうな。

 2014年、改修された唐門・本殿へ。
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 内側です。 天井を見上げてます。
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 左右の欄間?透かし彫りのの壁板がミゴトです。
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 何かが「変?ナゾ」です。 あるべき扁額がないのである。
 その上、拝殿の扉が閉められたままです。 変ではないが庶民には「やたらと公開しないぞ」の御威光なのであろうか・・・

 てな、ボヤキ散歩をしながら、不忍口鳥居を振り返って見ると、
sP5189004.jpg やっぱり、扁額が無い。
 1873年(明治6年)江戸城内紅葉山東照宮より移築されたそうだが、「変?ナゼ」と小さく素朴な疑問がいっぱいでした。



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