2016.06.20  日光社参
 大名行列のパフォーマンスは何も大名だけではありませんでした。
 将軍家が日光東照宮に参拝する「日光社参」が合計19回実施されました。 そのうち、16回が第四代家綱までに集中しており、特に第三代家光は10回と歴代将軍の中で最多だった。

 江戸城を発つと、まず日光御成街道(日光御成道)を進み、初日は岩槻城に宿泊した。さらに次の日は、幸手宿近くで日光街道(日光道中)に入り、二日目は古河城に宿泊、三日目は宇都宮城に宿泊したのち、四日目に日光に到着した。日光には連泊し、復路は往路を逆に辿る合計8泊9日の行程であった。

 日光社参には、膨大な経費を要した。そのため、幕府の財政に余裕が無くなると、その頻度は低下していった。

 しかし、安永5年の将軍家治(吉宗の孫)の社参の際には、行列の先頭が日光にあるときに、最後尾はまだ江戸にあったとも言われています。
 親戚筋にあたる譜代大名の20数家をはじめとする多くの大名、旗本が完全軍装で参加し、行列の人数は20万にも達しています。その費用も現代換算200億とも言われ、世紀のセレモニーが粛々と執り行われたのであった。


 軍事なき平和ゆえの時代のイベントは庶民文化の台頭により、お伊勢参りや富士山詣での富士講へと変化してゆきました。




Secret

TrackBackURL
→http://yuusuke320.blog115.fc2.com/tb.php/3539-542e940f