2016.09.02  前野良沢
 前野良沢(まえの りょうたく、享保8年(1723年) - 享和3年10月17日(1803年11月30日))は、豊前国中津藩(現在の大分県中津市)の藩医。

 1743年(寛保2年)頃同じ藩の知人からオランダ書物の切れ端を見せられ、国が異なり言葉が違っても同じ人間だから理解出来ないことはないだろう、と蘭学を志す。
 1769年(明和6年)藩主の参勤交代について中津に下向した際、長崎へと留学した。留学中に手に入れた西洋の解剖書『ターヘル・アナトミア』を杉田玄白・中川淳庵・桂川甫周ら盟友と3年5ヶ月で翻訳し『解体新書』を編算し、1774年(安永3年)刊行。 
 しかし、良沢が解体新書に自らの名を出さなかったのは、その翻訳の不備(とはいえ、当時の日本の語学水準からすれば、その翻訳は奇跡に近い完成度を誇っていた)を自らがよく解っており、これを恥として許すことができなかったためと言われている。

 人嫌いで頑固一徹者でオランダ語研究の熱意は生涯衰えなかった。
 1803年10月17日 良沢没す。 下谷池之端慶安寺に埋葬。

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 大正2年にこの寺が東京都杉並区梅里に移転してきた。

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 墓石(墓碑に近いように感じるが)には息子と妻の戒名が並び、右側面には解体新書の翻訳中に亡くなった娘の名が刻まれてました。
 良沢の前野家は今日まで家系が続いているようで新しい家墓がありました。

 オイラも良沢のような”在り難き人”になりたいと手を合わせてきた。


   OMAKE  「美幾の墓参り」
 吉村昭氏の小説は何冊かをよんでます。
 同時代の医療小説に日本初の特志解剖志願者(献体)が遊女・美幾であり、「梅の刺青」を読んだことを思い出しました。



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