代々木公園の日本初飛行の碑わきに二人の銅像があります。

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 右: 徳川好敏  明治17年7月24日 - 昭和38年4月17日
 左: 日野熊蔵  明治11年6月9日 - 昭和21年1月15日

 1910年12月19日に“公式の、初飛行を目的とした記録会”が行われ、日野・徳川の両方が成功し、これが改めて動力機初飛行として公式に認められた。
 以後。徳川は陸軍の航空機畑の看板として順調に引き立てられ、滋野清武らを排除して出世した。一方の日野は翌年自身が設計の機体、日野式飛行機を開発するがそれでも左遷され、以降軍務において航空機関連に用いられることはなかった。
 そんな経過もあり、徳川の飛行をもって「日本初飛行の日」とされていますが5日前の14日に滑走試験中の日野が飛行に成功していました。
 これは、徳川家の血筋でありながら没落していた清水徳川家の徳川好敏に「日本初飛行」の栄誉を与えたいという軍および華族らの意向だったとの噂が流れております。

 明治という古い因習が残る時代でもあったが、血筋・血縁や官僚の縦社会はこんにちでも脈々と息づき硬直した日本に未来はあるのだろうか・・・

 一兵卒の二宮忠八や陸軍士官学校卒業の敲き上げ軍人の日野熊蔵などほか名もなき庶民の熱意情熱だけで努力する姿には報われなくとも共感を覚える市井の人々がたくさんいることを記しておきます。



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