今日は、「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」祝日です。
 でもね、日本国籍は持たないが休日にも関わらず、日本で一番働く高貴高齢者のおじぃさんおばぁさん夫婦をオイラは知っている。
 今日もセッセと働く百姓の大親分は千代田の森に住んでます。
 五穀豊穣を祝い、新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に進め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する儀式が粛々と行われます。
 (天神地祇とは。 日本神話に登場する神の分類であり、大国主など、天孫降臨以前からこの国土を治めていたとされる土着の神(地神)を「国津神」、天照大神などがいる高天原の神を「天津神」という。)

 その昔は官位を持たない民は現人神に拝謁できませんでした。
 (従四位(城持ち大名に匹敵する官位)を与えられた象がいた)
 しかし、四十数日後、元気なお姿に御逢いすることができます。
 傍らに、百歳を超えた叔父様がおられないのは寂しいことです。
 「お務めについてのおことば」が速やかになされ、公務から離れ、民の安泰だけを願う日々が早く来るとイイですね。


   OMAKE  2007.08.27からの再記

 席を譲られたと仮定しょう。多くの人は「すみません」と言うだろう。
 しかし、感謝の言葉は「ありがとう」だろう。あやまる場合でないはず。素直に「ありがとう」を言おう。「ありがとう」を伝えるべきである。
 そもそも、あやまるを漢字に変換すると謝るで感謝の謝を使うっておかしいのではないか。 「謝る」って「非に気づき非を認めさせてくれてありがとう」なのであろうか?  誰か教えてくれー
 言葉は時代と共にに生きている。とは云え「ありがとう」の響きが消えてゆくのは寂しい事と思いませんか。我はありがとうを使い続けていきたい。あなたも明日から「ありがとう」と言ってみて下さい。きっと世界が変わります。変わる事でしょう。
 優しさや潤いは思考する言葉や文字で体現しているのですから・・・



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