2016.12.02  一貫斎 WHO?
  「遠い世界に」 


 京都新聞 2012・7・16から2013・6・30連載された山本兼一氏の新聞小説「夢をまことに」を読み終わりました。

 江戸時代の鉄砲鍛冶・国友(藤兵衛重恭)一貫斎( 安永7年10月3日(1778年11月21日) - 天保11年12月3日(1840年12月26日))の一代伝記でした。
 物語は村の訴訟に関わったため、一貫斎が近江国友村から江戸にやってきたところから始まります。好奇心旺盛な一貫斎は、江戸で大名をはじめ各藩の鉄砲方や職人たちと交わり、見分を広めます。そして創意工夫の精神に富み「仕事が生きる楽しみ」の一貫斎は、鉄砲鍛冶の矜持を保ちながら、度重なる失敗にもめげず、発明家としての才能も発揮してゆきます。やがて長くなった江戸の滞在を終え、村へ帰った一貫斎は、疲弊した村を救おうと、あらためてものづくりのことを考えるのでした――。
 日本初となる反射望遠鏡や筆ペン「懐中筆」、照明器具「玉燈」を作ったりの人です。 従来の火縄銃づくりにとどまらず、空気銃や弩弓も製造、さらには空を飛ぶ船や潜水艦の建造まで思いを巡らせたという一貫斎の「夢をまことに」の職人魂が生き生きと描かれてました。

 山本氏の職人シリーズには「火天の城」で安土城築城の棟梁を書き、「いっしん虎徹」では刀工虎徹、「おれは清磨」で源清麿銘を刻む刀工を書いてます。 他に狩野永徳・利休・山岡鉄舟などを巧みに書いてました。

 しかし、読み始め読んでいるうちに何か表現に鋭さが欠けているように思われ感じました。
 職人の気迫さよりも仕事をする楽しさや考えるおもしろさ、しいて結えば「生きる喜び」がヒシヒシと伝わってくるのです。 何度失敗してもその都度比率を変え作り直した鏡の研磨もヤスリを変えての繰り返しに同じ言葉の繰り返しが数十行微妙に書き換えられ続く書き方もあった。 新聞小説ですので同じような表現が3日も続いたのではないかいな?なんての心配も浮かびました。

 今回、「夢をまことに」を書くに当たり、チト調べました。
 「このことは、誰にも言わないでおこう。」
 「うん、そうだね……。」
 二〇一二年十月、兼一さんの左肺に腫瘍が見つかった日、わたしたちは、こんな会話をしていた。
  思い出の断片 山本兼一氏一周忌追悼エッセイ  文 山本 英子
 病床のベットで山本氏はこの小説を書いていたのであった。
 そして、2014年2月13日(満57歳没)に永眠したのであった。

 職業・小説家が生きる希望を一貫斎に託していたのであろうか?
 そんな想いを重ねて、もう一度読み直してみたいもんだ。




 
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