2016.12.03  気砲
 火薬を爆発させ玉を放出させるのが火縄銃です。 火種は当然のように水に弱いのが欠点であり、降雨の戦ではその威力を十分発揮できませんでした。

 日本で初めての空気銃は、1819年に、国友一貫斎が作成したものである。 その元になったのは、オランダから幕府に献上された玩具としての風砲(当時は気砲と訳された)であり、一貫斎はそれを解体し、各部品を詳細に研究した末、元になったものよりも射程に優れ、操作も簡単な空気銃を作り出すことに成功した。
 また、一貫斎はポンプで空気を送り出した回数により、銃の重さが変化することに気づき、空気に重さがあることを発見した。
 ただし、発砲時にも銃声がほとんどしない気砲は暗殺に使用される懸念があるとされ、幕府の鉄砲方が危険視して国友たちに禁止令を出した。そのため、日本では空気銃は衰退し、現在、国内に残っている当時の空気銃は20丁ほどである。

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 空気の装填ポンプが必要だったが画期的武器の誕生であった。
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 その後、20連発銃も製作されたが銃身が爆発した状態での銃が現存するが構造はわからない。そうだ。

 幸か不幸か? 一貫斎が生きた時代は戦もなく平和な時代であり、気炮の需要は少なかった。 
 もし、戦争に明け暮れる時代だったら、彼はどんな発明をしていたのだろうか? 鉄砲鍛冶職人として、高性能かつ大量殺人武器を開発したに違いない。 そんな空想がグルグル渦巻いてます。

 銃社会のアメリカでよく言われる「銃が人を殺すのではなく、使う人の問題資質だ」は納得できるようで理解に苦しむが職人魂はやっぱり人々を豊にする道具造りへの邁進が明日の繁栄をもたらすのでしょう。

 山本氏の小説では、人の役に立つ道具、便利に使えるモノを開発する「夢をまことに」の奮闘が豊かに描かれすばらしかったです。




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