2016.12.18  パスポート
 日本初のパスポート第一号は「隅田川浪五郎」だった。

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 市井の芸人に隅田川と云う苗字を付けての発行とは大らかでしたね。

 慶応2年10月17日(1866年11月23日)付で江戸幕府の日本外国事務(外国奉行)が 隅田川浪五郎という37歳の芸人に発給しました。
 隅田川浪五郎は、アメリカ人興行師リズリーが率いる「帝国日本芸人一座」のメンバーでした。この一座は手品の隅田川一家五名、 足芸の濱碇定吉一家七名、曲独楽の松井菊治郎一家五名からなっていました。
 一座は、慶応2年10月29日(1866年12月5日)に横浜港を発ち、アメリカでは第17代大統領アンドリュー・ジョンソン(1808-1875)と謁見もしています。
 アメリカで巡業したのち、目的地であるフランスはパリ万博で公演を行い、その後はイギリスのロンドンをはじめ、オランダやスペイン、ポルトガルなどヨーロッパ各地を巡ってブームを起こしたようです。

    
    浪五郎の持ちネタ得意手品が「手妻・胡蝶の舞」であった。


 胡蝶と云えば、荘子の胡蝶の夢が思い描かれる。

    我、胡蝶の夢なりや。
       胡蝶の夢が我なりや。
 


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