2016.12.30  反省の更改
   「くそくらえ節」 岡林信康  
 同志社大学神学部入学。しかし、実家の教会の不良少女の扱いに疑問を感じ「脱出」。 転落の始まりか?
 「私たちの・・・」と叫んだ若者が「私の個人」を取り戻した時、神からの降臨を成し遂げました。


 1999年世紀末から16年があと2日で“新年”を迎えます。
 反省と更改後悔の無いオイラもひとつ馬齢(馬への侮辱差別用語意味?)を重ねようとしております。
 なれど、今年を振り返ってみよう、と思った。
 が、敢えて書くことが無いことに気づきました。
 平々凡々・ノンベンダラリとその日暮らしに安住し、自己追及・向上も無く「これで良いのか」と問えば「これで良いのだ」の答が還ってきます。
 「ならば、良し」を開き直りと摂るか「目出度い奴」と映るかは誰にも判断できないでしょう。
 なので、オイラは明日も逝く活きる居きる生きるのだ。




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