2017.02.25  お吉
 「唐人物語」Cover


 下田・宝福寺です。 お吉桜? たぶん後世の植樹による桜を「お吉桜」と命名したのではないか?
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 水谷八重子他の寄進で造られた2代目の墓は恋人?鶴松と並んでました。 本来の墓は文字もすり減り読めもしません。
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 1857年(安政4年)5月、日本の初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリスが玉泉寺の領事館で精力的に日米外交を行っている最中、慣れない異国暮らしからか体調を崩し床に臥せってしまう。困ったハリスの通訳ヘンリー・ヒュースケンはハリスの世話をする日本人看護婦の斡旋を地元の役人に依頼する。しかし、当時の日本人には看護婦の概念がよく解らず、妾の斡旋依頼だと誤解してしまう。そこで候補に挙がったのがお吉だった。
 (Wikipediaには3か月で解雇と書いてあるが、ハリス帰国の5年間の奉公であった。 また、本人写真も別人らしいです)
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 前田青邨画伯のお吉物語(16画)がありました。
 また、井上剣花坊の『アメリカの ぬらした袖も 土に成り』や新渡戸稲造の『から竹の浮名の下に 枯れはてし 君が心は大和撫子』
 西条八十は『駕籠で行くのは お吉ぢゃないか 下田港の 春の雨』と昭和二十八年に歌詞の一節を書いたものなど、多くの資料が展示されておりました。

 唐人お吉こと斎藤きちは 1841年12月22日 - 1890年3月27日、幕末から明治期にかけての伊豆国下田の芸者。
 竹岡範男著「唐人お吉物語」を買い求めてきました。 幕末開港の陰に一輪の花と咲いた薄命の佳人の生涯記をジックリ読んでみましょうか・・・


   OMAKE  オイラブログですが・・・
   
     タウンゼント・ハリス 江戸へ行く
     ヘンリー・ヒュースケンの墓参り




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