2017.03.26  お吉物語
 2006年11月、文芸社発行の竹岡範男(宝福寺住職)著作「唐人お吉物語」を興味深く読み終わりました。
 恋人?鶴松やハリスとの交流もさることながら、オイラはふたりの男に注目です。

 伊佐新次郎。 下田奉行配下の武士。
 芸奴・お吉を説得させた小役人であり、ハリス江戸への下向に付き添いお吉の相談後見人です。 明治になり、中央役人として出世するがお吉のその後が気がかりで消息を探し、当時を謝罪。 されど、お吉は過去のことと切り捨てる。
 本作は小説ではないため、二人の思いや関係性は明確ではないため、ちとネットで調べましたが納得できる事項持柄が見つからず気になります。

 松浦武四郎。 北海道命名の役人。
 ハリス離日に伴い、お吉は下田へ帰郷の途に伊佐の部下?として同行していた松浦の紹介斡旋にて京都の芸奴となる。
 唐突に松浦とお吉が結びつくのだがナゼ?がフツフツと湧き上がる。
 その松浦は1868年(明治元年)「函館府判官事」に任官。「蝦夷」を『北海道』と命名。 アイヌの文化人権保護を訴えるが無視され、2年で退官。  以後、「馬角斎」(←なんと読まん)として趣味道楽に生きる。


 さて、お吉だけがクローズアップされるが、実はハリスの通訳のオランダ人ヘンリー・ヒュースケンにも待妾が居たのである。 名をお福と云い、芸奴とも町娘だったとの記述が残ってます。
 20代の青年ヒューケンスは好色であり、数人の馴染み妾を持ち、子(男の子か?)もいました。
 彼は1861年1月14日(万延元年12月4日)にプロイセン王国使節宿舎であった芝赤羽接遇所(港区三田)から善福寺への帰途、芝薪河岸の中の橋付近で攘夷派『浪士組』所属の薩摩藩士、伊牟田尚平・樋渡八兵衛らに襲われ、翌日死去した。
  彼の墓参りは2013.07.11だった。


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