2017.06.26  孔子の教え
 『孔子の教え』  2009年の中国映画を観ました。

紀元前501年の中国。晋・斉・楚の大国3国に隣接する小国・魯の国政は、権力を握る三桓と呼ばれる3つの分家により混乱していた。君主・定公(ヤオ・ルー)は安定した国を築くため、孔子(チョウ・ユンファ)に大司寇の位を授ける。孔子はその期待に応え、次々と改革を進める。殉葬など古い慣習の撤廃や新しい礼節の制定だけでなく、斉との同盟条約を無血で締結させ、外交でも力を発揮した。孔子の非凡な才能は各国に伝わり、他国の為政者は孔子に関心を寄せる。なかでも衛の君主・霊公の妻で実質的な権力者である絶世の美女・南子(ジョウ・シュン)は孔子を気に入り、自国に引き込もうと画策する。衛や斉から孔子を招聘したいという書簡が次々と届き、孔子の功績は季孫斯(チェン・ジェンビン)ら三桓も認めるところとなる。紀元前498年、孔子は国相代理となる。孔子は国相代理として、三桓の影響力を弱めようとひそかに動き出す。しかし、孔子の弟子・公伯寮の密告により、そのことが三桓に知られてしまう。三桓は定公を抱き込み、孔子を魯から追い出す。孔子は家族を残し旅に出る。しかし、顔回(レン・チュアン)や子路をはじめ多くの弟子たちが合流する。孔子たち一行の諸国巡遊の旅の先には、数々の出会いと別れのドラマが待ち受けていた。



 中国様式美(と云うジャンルがあるかは知らないが)に則った華麗な映画でした。 馴染みある論語の一説が心地良く響き(字幕の日本文字を読んだだけだが)孔子の生き様が描かれておりました。

 その思想は論語となり、儒教へ進化してゆきました。
 一言で言い表せないが、 儒教は、五常(仁、義、礼、智、信)という徳性を拡充することにより五倫(父子、君臣、夫婦、長幼、朋友)関係を維持することを教える。 に尽きるのではないか?


 そして、二千五百後。

 中華人民共和国では「儒教は革命に対する反動である」として弾圧され、特に文化大革命期には、批林批孔運動として徹底弾圧された。多くの学者は海外に逃れ、中国に留まった熊十力は激しい迫害を受け自殺したといわれる。儒教思想が、社会主義共和制の根幹を成すマルクス主義とは相容れない存在と捉えられてためとされる。
 だが、2005年以降。孔子の生誕を祝う祝典が国家行事として執り行われ、論語を積極的に学校授業に取り入れるようになるなど儒教の再評価が進んでいる。文化大革命期に徹底的に破壊された儒教関連の史跡及び施設も近年になって修復作業が急ピッチで行われている。

 韓国においては儒教の国と云われているが、かなりその思想は歪められており、韓国ナンバー1は語るに当たらぬ妄想がはびこっております。

 そして、日本は・・・・・
 江戸幕府を倒した薩長連合は仏教儒教をベースに万世一系の神道を打ち立て、皇国日本を発展させてきました。
 その一端が「教育勅語」です。
 「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦󠄁相和シ朋友相信シ・・・」までを否定するものではないが、主語の「汝臣民はー」「一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ」とはとんでもないことである。 と、オイラは言い切りたい。


 外はシトシト雨が降ってます。
 オイラは除湿の効いた部屋でキーボードを叩いてます。
 その内容は他愛のないツブヤキです。 ボヤキでした。



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