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2018.08.10  幕臣ふたり
 駒込・吉祥寺。 第3弾は江戸末期の幕臣ふたりの墓巡りです。

 鳥居耀蔵(とりいようぞう、(諱)忠耀。 寛政8年11月24日(1796年12月22日) - 明治6年(1873年)10月3日) 徳川家斉→家慶に仕えた超保守派の幕臣。

 老中である水野忠邦の天保の改革の下、目付や南町奉行として市中の取締りを行う。 特に蛮社の獄は『戊戌夢物語』の著者の探索にことよせて「蘭学にて大施主」と噂されていた崋山や長英らには「無人島渡海相企候一件」として断罪し、鎖国の排外的閉鎖性の緩みに対する一罰百戒を企図して厳しく追及した。
 水野失脚に伴い、弘化2年(1845年)鳥居も全財産没収の上で讃岐丸亀藩主京極高朗に預けられる。以後、明治政府恩赦を受けるまでの間、20年以上お預けの身として軟禁状態に置かれた。

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 鳥居家の墓碑には9代忠耀から12代夫婦が並び、13代14代と続いているようです。ですので、忠耀の個人墓の他に一家墓や忠耀夫婦墓などが並んでおりました。

 数年前、吉村昭氏の「長英逃亡」を読み、鳥居の存在を知り、幕末動乱の甲斐守耀蔵をもじって“妖怪”と恐れられ忌み嫌われた漢の存在を知っていたのである。
 そして、明治維新の際に恩赦を受ける際も「自分は将軍家によって配流されたのであるから上様からの赦免の文書が来なければ自分の幽閉は解かれない」と言って容易に動かなった逸話が残されています。


 榎本武揚(えのもとたけあき、1836年10月5日(天保7年8月25日) - 1908年(明治41年)10月26日)
 二君に仕えた変節漢と云ったら反論を受けるであろうか?

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 手元に1冊の小説があります。 佐々木譲「武揚伝」上巻。下巻を探しつつも数年放置。 改めて上下巻を読んでみましょうか・・・


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 松浦武四郎によって北海道と名付けられて150年。 先日、両陛下列席の式典が行われましたが、明治は遠くになりにけり?
 平成最後の真夏を愉しんで来ました。




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